浮遊感と圧迫感に逆らうことは出来ず、それでも不思議と苦しくなくて、見上げるともう届くことはない空が波のせいで歪んでる。それがどうにも悲しくて、亡骸を抱き締めて私は少し泣いた。
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「失恋でもしたん?」
「まぁ、そんな感じ」
「はは、ショックやわ」と彼は笑った。それほどショックを受けたようには見えない。私も彼も真面目に会話していないからだ。 彼が簡易テーブルを挟んだ向かいの座布団に座るのを確認して、私は冷たい紅茶を二人分置いて簡易テーブ ルの真ん中にはスナック菓子を寄せ集めたお皿を用意した。なるべく翔一の好きそうな物を選んだけど、そもそも翔一はこういったお菓子はあんまり好きじゃないからな。結局私の好きなものばっかだ。翔一は文句を言ってきたりはしないのだけど。 まぁ、文句なんて言われたら私はキレる。
「んじゃ、三年間……中学も入れたら六年間か。六年間 バスケ部お疲れ様」
「おおきに」
ちん、とコップの飲み口が触れると同時にからん、と いう氷の音がした。 送迎会、と言ったら変か。私はバスケ部とは全く関係ない人間なのだから、私が送り出すのも変な話。 まぁ、お疲れ様の会だな。二人だけなのだけど。 本当は今日、桐皇バスケ部送迎会があるのだが、翔一は欠席するらしい。元主将だというのに、いいのか? と疑念を抱いたけど、まぁ私が口出しすることではないだろう。 翔一から送迎会には行かない、と聞いたとき私は予定があるのか尋ねた。返答は「いや、とくに」だ。「んじゃその日私の家で送迎会やろうよ」と誘ったら彼は細い目を大きく開いて「なんやそれ」とまた目を細めて笑った。
「随分ばっさり切ったんやな」
「まぁね」
髪を耳にかけようとして、するりと髪の長さが足りずに元に戻ってしまった。腰くらいの長さまであった前 と違って今は首が涼しいくらいなので、邪魔にはならないのだけど。 私は昨日あたりに髪を切った。それはもうばっさりと。美容師さんに何度も後悔しないかと確認されて 少々煩わしかったな。別にただロングヘアに拘りが あったわけじゃないから、なんの思い入れも無い。な んとなく切っただけ。それにしても今の髪型もなかな か気に入ってる。我ながら似合ってると思う。良い美容師さんだったな。
「ワシはロングのが好きやったけど」
「なんだと」
「勿体無いな」
「なんで切った後にそんなこと言うの。もう簡単には取り返しつかないのよ」
「いや……突然切ったのそっちやん」
彼は手を伸ばして、私の毛先に触れた。そういえば翔一はよく私の髪をいじっていたな。大して気にしていなかったけど……ショートだといじりにくいか。毛先が随分顔に近付いたので、頬に翔一の指が触れてくす ぐったい。 私は好きだけどな、この髪型。
「好みの相違って、結構大きなすれ違い要因だよね」
「せやな」
アーモンドチョコレートを口の中で転がす。ゆっくりと溶かして、アーモンドだけにする。私の変な食べ 方。翔一はアーモンドチョコレートを二個口の中に入 れて、ゴリゴリと噛んだ。
ーー沈黙。
「ねぇ翔一」
私の呼ぶ声に、「あぁくるな」とでも言うように彼は少し目を開けた。私と目が合う。
死、の定義とはなんだろうか。呼吸が辞めることだろうか。目を覚まさないことだろうか。心臓が止まることだろうか。 私は、するべきことを喪ったら、死ぬんだと思う。諦めたら試合だけじゃなくて、自分の生すら喪うんだと思う。人は今、世界で何人もが死にながら動いているんだろう。死人を見るのは、とても悲しい。もう、もう居ないんだ。私の愛する人とは、ボールに触れる彼には、もう二度と、会えないんだ。 ならば私は、例えば愛する人の死後、何もしない冷たい人間なのだろうか。いやそんなことは無い筈だ。愛することを辞めたら、私は死んでしまう。私が死んだら、誰が貴方を弔うの? 毎日花を供えよう。墓に語りかけよう。君の死を悲しもう。私が沈めて、あげよう。 心を決めて息を吸う。呼吸が出来るということは、私は生きているんだ。彼も心を決めたように、息を止めた。
「これからも、よろしくね」
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美翅さま、素敵な夢をありがとうございました!
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