今年も従弟の涼太くん(9)がやって来た。家が近いことや涼太くんがなついてくれていたこともあり、夏休みになると毎年2、3日泊まりに来るのだ。「名前ちゃん、花火きれいっすよ!」小学校3年生にしては ちょっと不思議な語尾は最近まで通っていた習い事の 影響らしい。その年私は高校1年生。1学期が終了したにも関わらず高校に馴染めていなかった私は涼太くんの来訪でささくれだった心を癒していたのであった。涼太くんがやって来て3日目。夜中にコンビニに行こうと靴を履き始めたところで涼太くんが足にくっついてきた。「名前ちゃんどこいくんすかあ、お れもいく〜」かわゆい。コンビニは歩いてすぐそこの場所だから問題ないかな。涼太くんに靴を履かせると、こっそり玄関を抜け出した。私はアイスを買うのが目的だったので、コンビニに着くと涼太くんと悩みながら涼太くんの分と私の分、アイスを買った。会計を済ませた頃から涼太くんが眠そうな顔をしたのでおんぶして連れて帰ることにした。涼太くんは羽みたい に軽いねえ…なんてニヤニヤしていたのは誰にも言えない。



「ねえねえ名前ちゃん…」 『ん?』 「あのね、上みて!さっきからおれたちのことを月が追いかけて来てるっす…!」



その声は真剣そのもの。涼太くんあざと〜い!って言えない程に逼迫(ひっぱく)した様子である。



「はやく帰った方がいいよ!」



慌て出す涼太くんがかわいくて危うく吹き出してしまいそうになるが、涼太くんは前述の通り真剣だ。これ は私も真剣に対応すべきだろう。私では涼太くんみたいにかわいいことは言えないかもしれないけど、精一杯涼太くんの期待に沿えるよう、言葉を紡ぐ。



『本当だ、家の場所を知られたら大変だから急いで帰ろうね涼太くん!』



至極真面目に返せば「名前ちゃん急ぐっす!」涼太くんは私の背中にしがみつく。力一杯くっついてくれることに自然と頬が緩んだ。



***



「名前ちゃん」『涼太くん、そろそろちゃん付けはやめてよ…』



涼太くんはあの時の私と同じ、高校1年生になった。 今でも私を名前ちゃんと呼ぶ彼は今やバスケにモデルに大忙しの有名人だ。そして身長は189センチと大成長。隣を歩く巨人を見上げながら、化物と見紛いそうになる。もうおんぶしてあげられないと思うと…こう…込み上げてくるものがあるよね…。



「なんで?¨名前ちゃん¨の何が不満なんスかわけわかんない」 『…年齢的に?』



頭に浮かんだ答えをそのまま口にすれば、涼太くんは雲ひとつない青い空をバックに頬を膨らませて抗議する。



「年の差なんて関係ないでしょ、俺と名前ちゃんの仲なんだから」 『意味深な言い方しないでよ、イトコだよ!』 「…俺は名前ちゃんのことこんなに好きなの に!」



ぐ、と息が詰まる。中学に入学した辺りから涼太くんは日帰りながらも我が家に遊びに来ては謎のアプローチをかけてくるようになったのだ。どう答えたら良いものかわからずにいるとタイミング良くコンビニに着いたのでほっと息をひとつ吐いた。涼太くんの様子を盗み見るが全く気にしていない様子。私も日傘を畳みながら先に扉をくぐる涼太くんの後に続いた。



「パピコにしよー」『私はこっちにしようかな…』 「名前ちゃんなに言ってんの、はんぶんこ!」 『はずかしいからやだ』



そんなリア充みたいなことできない!と割と強めに拒否の意を伝えると、にやーっといたずらっ子のように 笑いながら涼太くんはレジへ飛んでいった。私の言う事を素直に聞いていた涼太くんはいずこ…?



「はいっ、コーヒー味でよかった?」



頷く前に口に突っ込まれ、落とすまいと慌てて掴んだ。日傘を肩にかけてアイスに集中する。



『…ありがとう』 「名前ちゃんパピコ似合う〜」



…誉め方が雑なんですけど…。私とどうにかなりたいならもっと女の子扱いしてくれないと無理だね、出直しておいで!…でも涼太くんの言葉を真に受けてると思われたくないから口には出さなかった。えらい。しか し、「…名前ちゃんはかわいいなあ」不意に洩れてしまったみたいなその言葉に驚くほど心臓が跳ね上 がった。もしかして私の考えていたことがバレたのか と心配したがそういうわけではないらしい。顔が赤いのを隠すために涼太くんの少し後ろの方をついて行 く。「小学生の頃はおんぶしてくれた名前ちゃんの傍がすごく安心するなあって。頼りになる背中が すっごく大好きだったんスけど、」ちらりとこちらを 向き、照れ臭そうに微笑みながら「…いつからか 名前ちゃんの背中ってちっちゃいことに気付いて、そんで俺が名前ちゃんを守ってあげたいなあって思っちゃった」



***



日々の生活にくたびれた私にとって涼太くんはまさにアイドルだった。きらきらしてるその姿に何度救われ、何度愛しいと思ったことか。勿論私に限らず父も母も涼太くんにデレデレ。涼太くんが家にやって来る日の晩ごはんはいつもご馳走で、それをかきこむ涼太くんを見ては家族一同頬を緩めていた。あっ、ここで間違えないでいただきたいのが、その頃の私の気持ち は母性のようなものであり、恋愛的なものではなかったということ。しかし今はどうだろう。涼太くんは成長するにつれて身長と共に魅力も増していった。空気が澄んでいく感覚。彼の一挙手一投足が愛しい。今だって私はすらっとした肢体に目を奪われて…ってちがう、そんな性的な目で見てるわけじゃないの、その…ほんの…ほんとにちょっとだけなの!なんなのこの 愛してはいけない実の妹を愛してしまった兄のような気持ち…。この底知れない罪悪感!いやいや愛してるとかそんなんじゃ…ない、はず…。



「名前ちゃん?…あれ…名前ちゃんどうしたの、熱中症?…名前ちゃんってば、…名前ちゃ…、…名前」



はっと意識を取り戻せば途端に顔を赤くして慌て出す 涼太くん。ちょっと呼び捨てで呼んでみたくなっただけなんス…!



「ってか!名前ちゃんほんと顔真っ赤!」 『え?大丈夫だよ、』 「そんな顔してなに言ってんスか!ほら名前ちゃ ん!乗って!」



さあ!膝をついて背中を向ける涼太くん。何を言い出すのこの子は!そんな…乗るわけ「はやく!」



***



「大丈夫?辛くない?」 『この状況がはずかしくて辛さも感じないよ…』



涼太くんの背中に揺れながら半ば自棄になって顔を埋 める。男の子が女(の子)担いでる上に日影差してるなん て…青春の1ページみたいでなんかすっごくはずかし い!この辺田舎で人通りなくてよかった…。知り合いに見られてたら恥ずかしすぎて生きていけない!じたばたする代わりにぎゅうぎゅうしがみついていると、 黙っていた涼太くんが口を開いた。



「あの時と逆っスね」



2人でアイスを買いに行ったあの日。誰がこんな未来を予測できただろう。あんなちいさな男の子が、こんなにも広い背中になっているなんて。顔が見えないのを良いことに饒舌になる。



『涼太くんは頼もしくなったね』 「…えっ!? ほんと!?」 『かっこいい』 「ええええ!どうしたら惚れてくれる!?」 『うーん、』



涼太くんが本気で私のこと好きって言ってくれたら好きになるかも。とっくに惹かれてるのに涼太くんを試 すようなずるい言葉を吐いてしまった。涼太くんが私をからかうような子じゃないのはわかってる。だけどこのまま受け入れて、いつか大好きな涼太くんから別れを告げられるのがこわいのだ。…だって涼太くんみたいな子、女の子がほっとかないはず。惨めな思いは したくない。姉のような安定したポジションでこの先もずっと仲の良い関係を保った方が良いのかな。でもできることなら涼太くんのすぐそばにいたい…どうしようもない二律背反に頭が痛い。



「¨名前ちゃんと大きな家で暮らす¨ってのが俺の夢だったんスけど、ぶっちゃけ今は割とどーでもよくなっちゃってて」



え…あ…そう…?涼太くんの突然のカミングアウトに精 神的なボディーブローを喰らう。想像してなかったわけじゃないけどこれはつらい!年上の女に思わせ振りな態度とるとか涼太くんは小悪魔だね!?



「俺の今の夢はね、一緒にいるだけでうれしいから、¨ こうやって名前ちゃんと毎年仲良く手繋いでアイ ス買いに行くこと¨みたいになっちゃってるんス」



あっ勿論名前ちゃんが大きな家に住みたいなら俺がんばるよ!? 涼太くんの慌てた声が遠くで聞こえる。… 涼太くんは本当に小悪魔だ。すっかり敗戦モードに 入っていた私は、あまりのことにじんわりと涙が滲(に じ)んだ。私は昔からきれいに泣くことができなくて、 鼻をすする癖がある。



「…名前ちゃん?」 『…涼太くんには年下の女の子が似合うと思う』 「…」 『でも私、涼太くんと一緒にいたい』



それから先は言葉にならなくて、ぎゅっと背中にくっついた。涼太くんは何も言わず、歩みを進める。家はもう近い。このまま無言で帰るのやだなあなんて考え ていたら、不意に涼太くんが日傘を私に預け、私の左手を取った。



「18になったらぜったいに迎えに来るから。心配性な名前ちゃんが不安にならないようにそれまでいっぱいデートしよ」



薬指辺りに吸い付いた彼の唇の冷たさが全身にまわっていく感覚。肌が粟立つのを感じながら、私は混乱し た。とてもうれしい。けどそれっていわゆるプロポ…。私は涼太くんより何年もはやく年を取っていくんだよ。若い女の子がよかったなって思う日が絶対来るよ。涼太くんの手を取るのが怖くてどうしても疑っ たような言葉がいくつも溢れだす。



「名前ちゃんがいいの!…もー、名前ちゃん下りて!」



いつまでもぐだぐだと渋る私に痺れを切らした涼太くんは私を地面に下ろし、私に向き直る。



「名前ちゃんのことが大好きだからこんなにしつこく言ってるんスよ!」 『うん…うん…心配性なおばちゃんでごめんね…』 「またそんなこと言って!」 『でもほんとのこと…』 「…名前ちゃんは俺のこと好きでしょ!俺も名前ちゃんのこと好きなの!それで良いんだよ!」



そのまま身を屈めて唇を重ねてきた涼太くんは



「大好きだよ」



そう一言告げるとぎゅーっと私を抱き締めた。彼はもう守ってあげなきゃならない男の子ではないひとりの男性なのだと、そこではじめて痛感した。込み上がってくる彼への愛しさに胸が痛い。私は涼太くんが好きだ。そして力強い抱擁とその言葉に、私も頼もしく大きな彼の背中に手を回す覚悟を決めた。





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まっちさま素敵な夢をありがとうございました!







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