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秘密

松永部長は厳しい人か、はたまたお茶目な人なのか。私は判断に迷う。
彼は完璧を部下に求め、仕事の失敗はぐりぐりと心をえぐるような嫌味とともに咎められることもある。しかし、そういうこともあるかと思えば他の部署の部長にちょっかいを出して怒られてたりする姿を見ることもある(大体織田部長とのやり取りが多い)。私たち部下にそのような姿はあまり見せないのだけれども。
だから私はどちらかといえば松永部長に対して厳しい人、というイメージのほうが強いのかもしれない。


残業で帰りが遅くなった。仕事が終わり、帰ろうとするにもどうも身体が気だるい。少し休んでから家に帰ろうと机に突っ伏した。暗くなった会社のフロアに、人はほとんどいなかった。


「おや、こんなところに誰がいるのかと思えば宮野君かね、」
「・・・ぶちょう、」


眠りかけていた矢先だった。頭上から声がして、体を起こして見上げればそこには松永部長が立っていた。驚いた、彼がこんな遅くまで会社に残ることがあるのか。


「いや、あの・・・すいません、」
「・・?なぜ謝るのだね」


なぜ謝ったのか自分でもよくわからないが、半分寝ぼけているのと、松永部長の顔を見たら謝らなくてはいけないような気持ちに駆られたからである。
焦点が合わない目をしぱしぱ、瞬かせると、松永部長はくす、と小さく笑った。


「少し待っていたまえ、」


給湯室に消えた彼の後ろ姿を見て、疑問に思いながらも半分思考が停止している脳内で私は動くこともできずただただ、ぼうっとして座っていた。
数分後、彼が戻ってきた。手には二つのカップが握られている。どうして二つ分あるのだろうか。


「ご苦労だった」


私に差し出されたカップを見て、数秒固まったうち急に脳が覚醒した。あの松永部長が、私みたいな部下一人のために飲み物を持ってきている。


「う、ぁ、あああ、 ありがとうございます!」


飛び起きて差し出されたカップをもらった。慌てて取ったものだから、その熱さに驚いて落としそうになったが、松永部長が支えていたためそれは避けられた。


「そそっかしいな、君は」
「す、すいません・・・」


改めてカップを受け取って口をつける。紅茶のようだった。その匂いに思わず感嘆のため息が漏れる。


「ラベンダーグレイだ、疲労回復の効能があるそうだよ」
「・・・おいしいです、」


彼は近くの椅子に座って私と同じものを飲んでいた。というか給湯室にそんな茶葉があったのか、と私は少し疑問に思った。
紅茶を飲んでる間、私たちは特に言葉を交わすことはなかった。ただ、紅茶を飲みながら私は、『こんな彼の姿は初めて見るなぁ』と新しい発見に胸を躍らせていた。


「明日からまた馬車馬のように働いてもらうがね」
「馬車馬ですか・・・」


紅茶を飲み終わった彼は笑顔でそんなことを言ってきた。思わず目眩がする。苦笑する私に松永部長は人の悪そうな笑みを浮かべた。そして『先に失礼するよ』と言って部長はフロアから出て行ってしまった。


「よくわからない人だなあ」




翌日の彼は、やはりいつも通りだった。なんだか昨日の夜が夢のようである。
ただ、私の中の松永部長に対するイメージが少し変わった気がした。
とりあえず、今日の帰りにでも紅茶の店にでも寄ってみようと思った。


秘密


fin.

なんだか松永さんが違う人みたいですね。
ラベンダーグレイはぐぐって一番最初に出てきたやつ。
紅茶とか飲まないからよくわからないです(