「千鶴、」
これで一体何度目だろう、彼女の名前を呟いたのは。自分の膝に頭を乗せ体を横たえる彼女の黒髪を梳きながら呪文を唱えるようにただ、その言葉だけを口にする。彼女は、眠っている。とてもとても長い眠りに。きっと俺の声さえも彼女には聞こえていないのだ。
何故なら彼女は空っぽだから。そこに彼女は確かにあるのに、それは無いのだ。言い換えれば彼女の姿をした虚無である。確かにそこに彼女はいた。けれども彼女の時は停まってしまった。その時はもう戻すことも動かすこともできない。だから彼女が眠りから醒めることはない。醒めることがあるのなら、それはこの肉体ではなく、違う器でだろう。熱を忘れた彼女の体はとても冷たかった。俺が手を握れば握り返してくれたその手は力無く俺の手を摺り抜け落ちる。瞳も開かず、閉ざされたまま。
「千鶴、」
お前の声が聞きたい。大きな瞳を細くさせて笑ってほしい。手を握ってほしい。二人で時の巡りを感じたい。


「なんで、置いてくん、だよ」

問い掛けても彼女は眠ったまま何も答えてはくれなかった。


20100712

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