ある朝目覚めると、隣で寝ていた筈の彼は居なくて。
たちまち私は布団から飛び起きて家中を探し回る。いない、いない、ここにもいない。何処へ行ったの?私を置いて行かないで。私の見えないところへ行ってしまわないで。裸足なのも気にせずに、外へ駆け出る。家にいなければきっとあそこにいる筈。私は決まって二人で行く桜の木の元へと走る。
しかし最後の望みであった桜の木のところに彼の姿は無かった。一人絶望感に打ちのめされ、力のすっかり抜けた足はカクン、と重力に従って土へと膝をついた。自然と顔が俯くと耐えきれなかった涙がぼろぼろと零れ、土へと染み込む。嫌だ嫌だ。何も言わずに私を一人にしないで。まだ、この穏やかな二人の生活は始まったばかりだというのに。
「い、や…としぞ、さ……っ、」
嗚咽の絡んだ声は誰の耳にも入らずに風にさらわれていく。嫌だ、まだ彼を連れて行かないで。


「…千鶴?」

不意に頭上より降ってきた声に頭を上げると、そこには探し求めていた彼がいた。脳で彼を認識するのが早いか否か、体は勝手に動き、彼の胸の中へと飛び込んでいた。

「、なんだいきなり……千鶴?お前、泣いてんのか?」

顔を見ずとも声でわかる。きっと彼の今の表情は私の行動についていけずに困惑しきった表情になっているのだろう。きっととても困っている。呆れている。けれど私は一秒でも早く彼の温度を存在を命の鼓動をこの手で確かめたかった。私はなんて図々しい女へとなったのだろう。誰から見ても私は嫌な女に見えるのだろう。

「としぞうさん、としぞ、さ……」
「…千鶴、どうしたんだ?言ってみろ」

彼の手が私の顔を優しく包み、上へと上げる。その掌さえも愛しくてどうしようもなくて。私の顔はきっと涙やらなんやらでぐちゃぐちゃになって酷い顔の筈なのに、私を見つめる目はとても穏やかで、胸が締め付けられた。

「起きたら…歳三さんが、いなくて…とても、不安に、なって…」

添えられた手に自分のそれを重ね、握りしめる。

「お願いです…置いて、いかな、でくださ…っ、」
「…馬鹿だな。俺がお前を置いていくわけねえだろ」

彼は私を抱き寄せ、頭をゆっくりと、あやすように優しく撫でてくれた。それさえも今の私にとっては涙を促すものにしかならなくて。絶え間無く涙が溢れて、零れていく。安心したはずなのに、何処か不安で仕方ないのは何故だろう。いずれこの優しい大きな手も私の前から消えてしまうのだろうか。
そんな考えから逃げるように私はより一層力を込めて彼にしがみついた。


20100711

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -