「千鶴、」

あなたに優しく名前を呼んでもらえるだけで私は幸せなのです。それだけで私はなんだってがんばれるんです。

泪雨
(舞い散る桜の花びらのさまはまるで止まることを知らない泪のようでした)




「なんですか?総司さん」
「見てごらん、桜がもう満開だ」
「わぁ…本当ですね…」

縁側に座る総司さんの隣へと腰を下ろし、ともに桜を見上げる。桜は風に揺られ、花びらを舞い散らせていた。

「あっ、先程お隣さんの方からお茶菓子をいただいたんです!ちょっと持って来ますねっ」
「…千鶴、」

思い出して立ち上がろうとすると不意に引き止められる。総司さんはどこと無く泣きそうな、寂しそうな、儚なげな表情をしていた。

「どうかなされたんですか…?」
「…、ううん、何でもないよ」
「…?じゃあ、お茶菓子持ってきますね」
「うん」

さっきまでの表情は一転して、総司さんはいつもの穏やかな笑みへと変わった。少し引っ掛かりつつも、私は台所へと向かった。

「総司さん、お茶菓子とお茶をお持ちしました」

お盆を持ちながら彼の背中へと声をかける。しかし、彼は動かずに柱に身を預けたままだった。たまらず私は不安になって、お盆を置いて、彼の元へと駆け寄る。どうか、どうか眠っているだけでありますように。

「総司さん?総司さ…」

彼の肩を揺すると彼の体は重力に従って、ずるりと崩れ、私の方へと倒れてきた。触れた彼の体はほんのりと熱は残っているものの、だんだんと冷たくなっていた。

「い、や…総司さんっ…!目を開けてくださいっ……!」

彼の表情は最後に見たあの穏やかな笑みのままで、眠っているだけのように見えるのに。けれど、体は冷えていって。信じたくなくて彼の体を抱きしめても、その冷たさは変わらなくて。溢れる涙が彼の顔を濡らしても、もうあの優しい手が涙を拭ってくれることはなくて。悲しくて悲しくて、寂しくて。何故あの時彼の思いを理解できなかったんだろう。彼はきっと気づいていたから、私を引き止めたというのに。最後までどうして一緒にいてあげなかったんだろう。考えれば考えるほど後悔の念ばかりが押し寄せて、ただ私は泣きじゃくって彼の体を抱きしめることしかできなかった。

桜の花びらがまるで雨のようにさらさらと散っていた。


20100704

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -