マッシュに片手で軽々投げられて。
エドガーに片手で易々と担がれて。
ロックですら楽々と背負っていて。
あいつってそんなに軽いのか?と思ったのがきっかけだった。



パーティーの中で一番背が低くて、妙に身軽で設計図も見取り図も必要としない技師のあいつ――アルト。
仲間になってまだ数日。エドガー達とベクタに行かず一緒に飛空艇にいたので、あの三人よりはほんの少しだけ付き合いが長い感じになった。たったそれだけ、と言える程の時間でアルトは飛空艇の構造を理解していじりだしたんだから、本気で驚いた。世の中には天才っていう奴がいるもんだな、なんて納得しちまったり。………俺らしくもない。

「セッツァー……」
「どうした?」
「………届かない」

飛空艇に関する資料が収めてある本棚の上の方、爪先立ちして懸命に手を伸ばしていたアルトは少しだけ悔しそうな表情で俺を見る。あーはいはい、と呟いて本に手を伸ばしかけてから、どの本を取って欲しいのか聞いていない事に気付く。

「……面倒くせぇ」
「ぉわ!」

なんとも可愛らしくない悲鳴を上げたアルトを抱え上げ、「はやく取れよ」と言えば二冊三冊と腕の中に本を抱え込むアルトの身体は予想以上に軽かった。しかし、なにぶん重たい本が多く、彼女が本を手に取る度に増しゆく重さにちょっとだけ顔をしかめて、俺は気晴らしにとアルトに声をかけた。

「お前体重何キロだ?」
「よんじゅーちょい、だったかな」
「身長は?」
「160くらい」
「……ほお」
「んだよ」
「その割には肉付きがいいと思って、な」

最初こそ男かと思った中性的な顔立ちも、きちんと見ればなかなかにイイ女。何より無理矢理着替えさせた甲斐もあって、作業着の上着を腰に巻いている現在の格好は薄緑色のタンクトップという姿。長い事サラシで胸をつぶしていた所為もあってかグラマーとは流石に言えないが、かなりスタイルの良いバランスのとれた体付きをしていた。

「……褒めてんの?貶してんの?」
「褒めてんだよ」

降ろしていいよ。と言われ抱き上げるのをやめ、アルトを床に降ろす。さっきの肉付きの良い、という自分の発言が気に食わなかったのか本を抱えたまま微妙な表情をしている彼女を見て俺は苦笑する。

全く、本当に全然そう思ってはいなかったのだけれど、そういう目で見れば、間違いなくアルトは女だ。

唐突に笑い出した俺に不思議そうな視線を投げかける彼女の、淡く色付いた柔らかそうな桜色の唇は、どんな味がするのだろう。一度思ってしまえば成りを潜めることを知らない好奇心に負け、その興味に惹かれるまま俺は片手を本棚に添えて支えにし、もう片方の手を伸ばして指先でアルトの顎をくいと上げた。

「…セッツァー?」

俺の名を呼ぶ形の良い唇の隙間から、ちらりと覗く赤い舌。何をされようとしているのか、皆目見当もついていないという無垢な瞳と視線が交わる。心の奥底で加虐心が小さく揺れ、自身より身長が10cmも低いアルトの唇を奪いに、背を屈めて身体を寄せた。
その時、だった。

「そこまでだ、セッツァー」
「…ちっ」

バタン!と盛大な音を立てて開けられた扉の外には、微かに肩で息をしているエドガーの姿。普段の余裕をどこかに置き忘れてきたのではないかと感じるほど慌てたらしい彼を見て、俺はある事に気付いてつまらなさそうに瞳を細めた。

「アルト、おいで」
「んー?」
「いいから」
「…?…うん」

手招くエドガーと俺のちょうど真ん中あたりで立ち止まってアルトは振り向く。これら借りるな、と本を指差して言う彼女に読み終えたら返せよ、と念を押して彼ら二人を部屋から追い出して、近くから立ち去るのを待つ。先程の慌てようといい、自分を牽制するかのような視線といい、エドガーがアルトに惚れていると考えてまず間違いないだろう。

「……ちょっと惜しいことをしたな」


何も知らないあの無垢な瞳を、誰の手垢もついていない花を己の手で咲き誇らせて見たかった、と言わねば嘘になるだろう。磨かねば絶対に輝かないであろうアルトの、その本質は最高級の原石そのものだったのだから。

「……よし」

意気込むように呟いて、俺は懐から取り出した愛用のトランプを切りポーカー台に広げる。53枚のカードに全てを委ねよう、いままでもこれからも己の道で有り続けるコレに。


奇数が出たら、奪い取りに。
偶数が出たら、磨き役に。
ジョーカーは、中立で。


感情は一切捨てて、これだと思うカードを引く。意を決して引いたカードを捲れば、そこに描かれていたのはハートのクイーン。数字は12、つまりは偶数。

「……はっ、上等だぜ」

カードがそう示すなら。
単に気の合う友人として、巷で聞いた噂の軽さとは真逆の顔を持つ、一途な砂漠の王に献上する最高級の花嫁に、あいつをアルトをこの手で磨き上げてやろうじゃねぇか。
そう心に決めて、俺はトランプを懐にしまい部屋を出た。



戯れに口付けを
(しようとしたら阻止された)



(よぉ、どうしたマッシュ)
(アルトに手でも出したのか?兄貴の機嫌がすこぶる悪い)
(あー…出しかけた、な。まぁもうしねぇよ)
(……?どういうことだよセッツァー)
(俺はお前の味方だ、とでも言えば納得するか?)
(!)


―――――――――――――――
マッシュとセッツァーの共同戦線はここから始まる。






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