ぶわり、風が丘を駆け抜けるのに沿い従うように、淡い桃色の花弁が空を舞う。
麓に下れば、咲き誇る桜の木々のもとでバロン兵総員入り乱れで、花見というなの大宴会が行われている真っ最中だ。むせ返るばかりの酒の匂いと今日ばかりはと蔓延る無礼講に呆れて、這う這うの体で丘の上に一本だけ立っている枝垂桜の所まで逃げてきたシェイは桜の幹に身体を預けて座り込んだ。

「水をくれと言えばウォッカを渡すし、お茶をくれと言えば梅を付け込んだ果実酒の原液を渡すとか、酔っ払っているにも程度があるぞあいつ等…」

むしろ面白がってやっている可能性も否定できないあたりが怖い。シェイもそう酒に弱いわけではないのだけれど、ここまで逃げてくる過程で足が縺れかけたところから察する限り、久しぶりに酔っているらしい。水でも持って来れば良かったとため息交じりに呟いて、己の判断力の低下を恨めしく思った。酒が全く飲めないセシルは宴会の開始から十分も経たないうちに酔い潰れて地面に転がっていたなぁ、と思い返せば今現状ここに居られることだけでも相当幸せなのかもしれない。吹き抜けていく風が微力ながらも酔い覚ましの効果を発揮してくれているのか、先程よりも気分が良い。

「どうしてこう、祭りごとに合わせて酒を飲みたがるんだか」

民を、国を守るというある種抑圧された環境下において、一定量以上の酒の摂取の禁止は暗黙の了解だからこそ、と言えばそれまでではある。陛下も陛下で楽しんでいるのだからよいと言えばそれまでなのだが、隊長幹部クラスの人間はやはりある程度自制していたのもまた事実である。……早々に部下に潰されたセシルを除いて。

「花を愛でるだけでもいいと思うのだが…な」

ローザが所属している白魔導師団と黒魔導師団は昨日、陛下を交えて桜を眺めつつお茶会をした、という話を本人から聞いた。女性の割合が高いからこそ成し得た行事であろうことは明白だった上に、今日の宴会に男性魔導師が混ざっていることからもはや騒ぎたいだけなんじゃなかろうかとも思う。現に、竜騎士団の女性兵は今日、宴に顔を見せてはいない。会議が無かったら昨日参加したのに、とシェイは心の中で愚痴を漏らす。

「あぁ、やっぱりここに居たのか」
「……カイン」

風に弄ばれる長い金糸を掻き上げて、シェイの前にしゃがみ込んだカインは手にしていた水筒を差し出しながら苦笑する。それを受け取り、ありがとうと断ってから中の水に口をつけて容積の大半が酒で満たされているであろう胃に流し込めば、少し靄掛かっていた思考がすっきりとしたようで、シェイはやっと落ち着けたと言わんばかりに肩を落として深い息を吐いた。

「大丈夫か?」
「……多少は、な。それよりカイン、髪、どうした?」
「ん?あぁ、これか。結い直しても部下が解いてくるから諦めた」

あまつさえ抱き着いてくる奴までいたから蹴り飛ばしておいたがな、と苦々しく語るカインの表情から容易にその状況が想像できてシェイは肩を震わせた。笑いたいなら笑えばいいだろう、とそれに気付いたカインが呆れた様子で呟けば、それでもあくまで控えめに彼女は声を出して笑う。酔わせられて何時倒れるんじゃないかと気が気じゃなかったこっちの気も知らないで、と内心思いながらも無事こうして逃げおおせているのだからいいかとカインは自身を納得させた。

「風が、気持ちいいな…」

空に舞う桜の花弁と共に風に靡く朱色の髪を耳にかけながらシェイが、そう呟く。下の騒ぎの中では風もそう吹いてはいなかった上に、こうして桜を見る余裕もなかった事に気付いてカインは苦笑した。花見、とは本当にただの名目に過ぎないのは例年の如く、ではあるが。

「一週間、もつと思うか?」
「さぁ……今年はどうだろうな」

偶然手の平の中に舞い落ちた花弁を眺めながら、シェイは少し切なげに返答する。桜が散るのとほぼ等しく、バロンの気温は初夏へと移行する。今年入団した新兵も加えて本格的な演習を行い始める時期となれば、今日のような時間をとることはあまりにもままならない。演習に勤しむ時間があるということは平和な証拠で何よりではあるのだけれども。

「まぁ、今年もよろしく頼む。シェイ」
「こちらこそ、だな。カイン」

お互いをみて、二人はくすりと小さく微笑みあう。シェイの手の平の内に有った薄桃色の花弁は風に乗り行く他の花弁と共に、舞い行く先に春を告げにいつしか姿を消していた。


待ちわびた、春も。



「あれー?ねーねーウィルー。カインとシェイはー?」
「知らないですよ。ってかセシル隊長、顔まで土まみれじゃないですか!
ほら、これで拭いて下さい」
「えー?ヤダめんどくさいー」
「面倒って…ったく!(ああくそシェイ隊長もカインの野郎もどこ行ったんだホント…!!)」








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