誕生日、という単語を聞いて「誰の?」と返したら「知らないの!?」と驚かれてこっちも驚いた。沸き立つ侍女たちに詳しく訳を聞けば、エドガー陛下の誕生日よ!と黄色い声に花が咲いた。

「どー…すっかなー…」

既に日も暮れ日付が変わるまであと数時間。一瞬浮かんだケーキでも焼こうか、という考えは数秒で却下した。男、と偽っている以上、念の為お菓子作りは封印すべきだろうという結論から。しかし、気の効いた事を言えるでも無くあげられる物も無く、あまつさえ何もしないわけにはいかない現状からすれば、唯一の選択肢を失ったが故ににっちもさっちもいかなくなってしまってアルトは頭を抱えた。

「まだ一年にもなってないのに好みなんかわかるかっての…」

見張り台の城壁から身を乗り出してぐったりと溜め息。冷えた城壁が日中の暑さを忘れさせるくらいに気持ちがよくて瞳を伏せて脱力する。そうしたら唐突に肩を掴まれ、勢いよく引き起こされてアルトはぱちくりと瞳を瞬かせた。

「…飛び降りは許さないが」
「しませんしません、ごめんなさい」

若干顔を青くさせたエドガーに平謝りしてアルトは居どころが悪そうに頭を掻く。真逆の事をしてやりたいのに何をやっているのだろうと半ば自己嫌悪に陥りかけて、不用意に顔を上げれば優しい翡翠の瞳と視線が合った。

「悩み事なら聞くぞ?私で良ければ、だが」
「……あー…、いや、その…」

言うわけにはいかないけれどどうやって現状を切り抜けようなどと考えたが為に、アルトは無意識にちらりとエドガーから視線を外す。その様子に気付いて訝しげに瞳を細めたエドガーは口を開く。

「…アルト?」
「いやホント何にも準備してないのに本人に会うとかどうすれ…! あ」

しまった。と思いっ切り表情に出したアルトにエドガーは耐えきれずに吹き出して笑う。隠しもせずに盛大に笑われてしまい、何とも言えない微妙な気分になったアルトは踏ん切りがついたとばかりに息を吐く。

「……おめでと王様」
「っくく…ああ、ありがとう…っ」
「って、涙滲むぐらい笑うなよ!!」

悩んでた俺が馬鹿みたいじゃん!と叫ぶアルトをなだめつつ、ようやく笑いの納まったエドガーは、先程とは違う意味合いの笑みを口元に浮かべる。茶化すような雰囲気の消えた彼を不思議がって、アルトが首を傾げればその笑みはより深みを増した。

「欲しいのは物じゃないさ」
「………そういうもん?」
「ああ」

その言葉にあまり納得がいかないのか疑問符を浮かべたアルトの横に移動し、城壁に肘をついたエドガーはどこか遠い目をして星空を見上げる。切なげに映る彼の横顔を眺め、アルトはふぅんと声を漏らし、くるりと反転して城壁に背をつけ肘をかけエドガーを見やる。

「……じゃあ、さ」
「ん?」
「俺は一番最後に言ってやるよ」

おめでとうって、と言ってアルトは笑う。その真意を掴みきれずに今度はエドガーがどういう意味だ、と首を傾げればしたり顔でアルトは口を開いた。

「日が変わる直前のおめでとうは、明日からの君に祝福を贈りましょうって意味になるだろ?」
「……ちょっと待て、よく意味がわからん」
「うあなんて説明すれば伝わっかな……」

上手く言えないんだけど俺の母さんが言ってたのは、と前置きしてアルトはおぼろげな記憶を辿って精一杯説明する。エドガーに、ただ生まれてきた事を祝うだけではなく、その人の生涯を祝う意味を添える、という事がようやく伝わった頃には東の空が少し白みかけていた。

「…と言うわけで、改めておめでとう王様」
「ありがとう」

今年も貴方にとって良い一年になりますように。
朝焼けに照らされるエドガーを横目で眺めながら、アルトは心の中で、そうそっと呟いた。





おめでとう、
生まれてきてくれた君へ。
おめでとう、
明日を生き抜きゆける君へ。



言の葉に込めて
(願うように、祈るように)






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