パシン、と乾いた音がした。
一拍遅れて、叩かれたのだと気付く。

「なんてことを言うんですか!」

ぴりぴりとした痛みは、彼女の怒号の後にやってきた。
ほんの数秒前まで話ていたサイスも驚いた様子で彼女を見る。

「デュース…?」

さっきまでいつもの席に座ってたよなぁ、と回らない頭の片隅で思う。なんで頬を叩かれたのか以前に、彼女が何にそんなに怒っているのか判らなくて茫然と立ち尽くす。

「キリアさんは私たちとは違うんですよ!? わかってるんですか!?」

凄い剣幕でまくし立てる彼女の様子に教室内がざわめきだす。そりゃ音といい気になるよなぁと他人事の様に思ってしまった俺の目の前で、デュースは憤りを露わにするように腕を振り下ろして空を叩く。

「えっと」
「キリアさんは死んだら終わりなんですよ!?」

そこで俺は、彼女が怒っている理由を漸く理解する。さっき何気なくサイスに言った「お前守れるなら死んでも悔いないわ」の言葉。例え真意は冗談でも言うべきじゃあなかったと、デュースの頬を流れた滴に手を伸ばしかけて、思う。

「、っ」
「てめぇ何デュース泣かしてんだコラァ!」

ナインの罵声に驚いた様子で一瞬肩を竦めたかと思えばデュースは、一目散に教室の外へと駆け出す。バタン!と凄まじい音を立てて開けられた扉が閉まる前に俺は段並びの机を飛び越えてその背を追う。クリスタリウムに向かって駆ける彼女を追いかけて軍令司令部へ繋がる登り階段の手間の角を通り過ぎようとした、その時。

「ッ……!」
「キリアさん!?」

それこそ唐突に鳩尾に鈍痛。姿が見えないのにはっきりと殴られた拳の感覚はあって、それで相手を特定する。ヒュッと吸い込んでしまった息と共に苦痛に歪む声が漏れて、デュースの悲鳴じみた言葉だけは聞き取る事が出来た。ただ、不意を突かれたとはいえあまりにも正確に打ち込まれたその痛みになす術もなく俺の身体はそいつの腕に支えられ、呟かれた詠唱の後に周りから姿が見えなくなったのを把握した。
それ全て、僅か三十秒の出来事。



*****



場所は変わってテラス部分の下、降りなきゃいけないから普通なら絶対来ない場所。半ば引きずられるように連れてこられたそこで、力任せに壁に投げつけられて俺はしたたかに背を打った。

「…っごほ」

衝撃で歪んだ肺から息が漏れ、二三度咳き込んだ。顔を上げれば仕事の時の冷えた視線を向けられて、怪訝そうにキリアは顔をしかめる。なんでナギまで怒ってんだよと口に出しかけて、耳元のCOMMに気付く。

「……あ」
「ようやく気付いたか」
「ああ…返す言葉もねーわ」

呆れ返った声音としかめっ面に変わった彼の表情に内心で安堵するものの、先程デュースに叩かれた時よりも罪悪感は胸に残った。

「本心なのか?あれ」
「いや、その」

サイスに問われて、つい。と答えればナギは今までで一番長い溜め息を吐き出して「お前馬鹿だわ、ホント」と呟く。

「ひでぇなー、馬鹿言うなよ」
「お前が下手やらかしたら何度でも言ってやるよ。 …死んだら許さないからな、キリア」
「おう」

お前もな。と呟いて、ニッと口角を上げながら拳を突き出す。苦笑気味に息を吐いて、ナギは俺の拳に自分の拳を軽く当てる。そして二人で小さく頷きあった。


何回目かの日、とある話

(幾度繰り返しても秘めた思いは変わらない)




「そういえばなんでデュース怒ってたんだろ」
「……お前、馬鹿?」
「へ?」
「なんでもねーよ…(相変わらずな奴…)」






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