今にも雪が降りだしそうな曇り空、身体の芯まで凍りついてしまいそうな冷え込みの中、ナギは一人テラスにいた。風が出てきて、マントがなびく。こんな日には嫌な任務だった、と手すりに寄りかかり体重を預けたら溜め息が漏れた。

「喧嘩しちまったしなぁ…」

綺麗に洗った手のひらを眺めてもう一つ溜め息。先程まで赤に染まっていたそれ。いくら綺麗に取り繕っても、あのえもいわれぬ感覚までは消し去ってくれない。考えれば考える程に自己嫌悪に苛まれて気分は落ち込む一方だ。

「あー……、くそ、寒ぃ」

いつもだったら両手広げて出迎えてくれるアイツを、気持ち悪いんだけどそれ、なんて言って茶化して二人で馬鹿やってルーン怒られて。任務上がりのこの嫌な感覚に片を付けて追いやって忘れてしまえた。無意識に救われていたんだなぁと痛感してキリアの言葉が胸に刺さった痛みが蘇る。

「…つら」

人間ってなんだっけ、なんて言うつもりは無いけれど。任務遂行を繰り返すうちに感覚は麻痺して、表情は消える一方だし同期のクラスメイトなんて最早人間を辞めてしまっている現状。楽な方に転びたくて周りに流されてしまいたくてそれでもまだ踏ん張っていられたのはやっぱり彼のおかげが一番大きくて、謝りに行こうと身体を起こして一歩前に踏み出した時。

「やーっぱりここにいたか」
「キリア…」

魔法陣が作動して、やってきたキリアがナギの姿をみて苦笑する。何がおかしいんだよ、とナギが喰ってかかって近寄ればキリアはなっさけねー顔と呟いて笑みを深めてナギの両頬を引っ張った。

「おーまーえーなー!」
「っちょ、痛って!痛いっつの!!」
「先にやってきたのはキリアだ、ろっ!」

ギリギリぎりぎり。馬鹿みたいにお互の頬を引っ張りあって、何が可笑しいのかわからないけれど声を上げて腹を抱えて笑いあった。あーくるしい、とベンチに座りこんで軽く咳き込むキリアに苦笑混じりの呆れた視線をナギが送れば、キリアは満足そうに微笑む。

「なんだよ気持ち悪ぃ」
「いやほら、ナギがちゃんと笑ってっから安心したの」
「あー……」

言葉にならない声が喉から漏れて、気まずそうにナギは頭を掻いた。俺はもう気にしてないよ、とキリアは笑いながらベンチを叩いてナギに隣に座るように促す。板の部分が若干軋み、ベンチに腰掛けたナギは唐突に湧いた眠気に盛大な欠伸を漏らす。

「やっべ超眠ぃ」
「お疲れ、激務だったんだろ?」
「まあ、なー」

噛み殺せない大欠伸を繰り返すうちに流れ出た涙を拭いながらナギは頷く。無理だけはするなよな、と言いながら肩に腕を回してきたキリアに、ナギが苦笑混じりにわかってるってと軽く返事をする。その返答に満足したのかキリアは微笑み、思い出したかのようにポケットを漁る。

「どうした?」
「んー…あ、あったあった。これ、欲しい?」

ポケットからキリアが取り出したのは装飾された小さな紙袋。ピンク色のリボンが控え目に掛けられている事に気付き、ナギは目を見開く。そんな彼の驚きの表情に気を良くしたのか、胸ポケットからもう一つ預かり物のカードを取り出し、ナギに手渡してキリアは悪戯が成功した子供のように笑う。

「ルーンか、ら?」
「もちろん。他に誰がいるんだよ」

俺からとかそれこそ気持ち悪いだろ、とげんなりした表情でキリアは項垂れながらカードと紙袋をナギに渡す。ふんわりとただよう香ばしい匂いに首を傾げて、袋の封を切ればいい色に焼けたバターラスクとチーズマフィンが入っていた。

「お、美味そ」
「ルーンにお前が甘い物嫌いだって伝えといたからな、感謝しろよ」
「まじ?助かるわー」

まだほんのりと温かいマフィンを咀嚼しながらナギはキリアに礼を言う。毎年バレンタインは甘い物嫌いのナギにとって地獄に等しく、貰ったチョコ全てを甘党のキリアに上げている始末。親友の妹と付き合っているという事実微妙な所はあるものの、こういう感じは悪くないなとナギは内心で笑う。

「ナギ」
「ん?」
「カード、見ねぇの?」
「え、あ」

地味に空腹だったのと食欲を誘う匂いつられた事もあり、すっかり頭の片隅に追いやられてしまっていたカードを開く。甘くただようルーンの香水の香りにナギが頬を緩ませれば、呆れたようにキリアは溜め息を吐いた。


☆Happy ValentineDay Naghi☆

これ読んでるって事は、お兄と仲直り出来たんだね。
めっちゃお兄へこんでたから心配してたんだ。良かった。
甘い物嫌いだって教えて貰ったから、甘くないのにしたよ!
まだまだ至らない私ですが、これからもどうぞよろしくお願い致します。

ルーン
P.S.
お兄にはまだ上げてないし(ナギと仲直りするまで作ってあげないって宣言したの)よかったら晩ご飯一緒に食べませんか?
リクエストも聞いちゃうよ!

カードの文面に心和ませつつ、ナギはベンチから立ち上がって一つ背伸びをした。首を傾げるキリアに向かって晩飯のお誘い貰ったんだけど、と口にすればタイミングよく彼のお腹が鳴る。

「そーだチョコサンデー!」
「だからそれ飯じゃねぇっつの」
「いーだろ別に好きなんだからさー」
「あーはいはい俺が悪かったですー」

魔法陣へと向かい歩き出した二人のマントがばさりと風に舞う。二色のマントが織りなすコントラストが含む意味はあるものの、それは当人たちには関係なく、ただただ楽しげに話をしながら彼らはルーンの待つ場所へと移動した。



(あ、おかえりー。そろそろ来るかなって思ってた)
(やっぱり?あ、ココアじゃん!さっすが妹気が利くぅ)
(お兄に糖分切れたって暴れられても困るしついでですー。あ、ナギはこっちだよ。はい)
(ブラックコーヒー?)
(うん、ミルクいれる?)
(いや。ルーンのは何?)
(ミルクティーだよ)
(……貰ってい?)
(え、甘いけど)
(んー………、これで充分)
(チョットナギサン、オニィソコニイルンダケド)
(見てない見てない大丈夫)


幸せを噛み締める
(甘い存在は君だけで間に合ってます)




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H24.2.14









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