砂漠の国、フィガロは当然の如く暑い。滅多に雨なんて降らないし、雪なんて降る筈もない。夜は凍えるくらいに冷え込むが、空気中の水分量が少ないのだから冷え込みに期待するだけ無駄というものだ。ここ――フィガロからチョコボで1時間程北上したところにあるナルシェは、年中雪に包まれているのだから地形による気候変動というのはなんとも不可解なところがある。
「雪、ねぇ…」
フィガロ以外の場所では多少にかかわらず雪は降る。幼い頃からずっと、冬は雪が降るものだと思っていたアルトは当初酷く驚いた。年中変わらない高い空と見渡す限りの砂の海、そして満天の星空。雪が降らないならどうでもいいや、と去年まではクリスマスイヴもクリスマスも仕事を詰め込んで地下に引っ込んでいたのだけれど、今年は面倒な事にエドガーに気付かれてしまった。常日頃きちんと休暇を取れ!と散々言う彼からしてみればアルトは働き過ぎだという事で、にべもなく『国王命令』という形で休暇を取らされて現状に至る。
「流石にちょっと寒いな…」
城の最上部の見張り台の壁に寄りかかって座り、持ってきた酒を呷る。唯一の身内である大臣とその家族に混じって、聖夜を過ごす気には慣れなかった。普段隔たりなく接してくれているとはいえ、この日ばかりは遠慮すべきところであるとアルトは考えていた。
「そーいえばこれ、昔母さんと一緒に作ったっけ…」
日中にメイドから貰ったプレゼントの中に入っていたジンジャーブレッドマンをかじり、溜め息を一つ。最後に祝った年を忘れるくらい長い間、自分はクリスマスというものから離れていたんだなぁと思うとなんだか物悲しい気分になった。
「仕事してた方が気が楽だった気がすんだけどなー…」
腰に付けた工具差付釘袋は冷たい空気の所為で、手にするのを躊躇う程に冷えている。今からエドガーに見付からないように仕事をしようにもこれでは無理だと思えば、また溜め息が漏れた。現在フィガロ城内にいるのは普段の約半数。エドガーの計らいでクリスマスイヴかクリスマスのどちらかに実家に帰る事が許されているが故、だ。帰る場所のないアルトにはクリスマスも帰省も全く関係のない話ではあるが。
「クリスマス中止になればいいのに」
「……そんな物騒な事をいうもんじゃない」
「へ?」
階段を上っている途中で聞こえたのか、バスケットを片手に見張り台に現れたエドガーはアルトに対して苦笑気味に呟く。クリスマスという行事がある意味を考えれば、彼のその言葉は至極真っ当なことくらい把握しているアルトは拗ねたように唇を尖らせた。
「でもやっぱさ、身内いないしひとりきりって嫌じゃん。だったら仕事してた方が楽だって」
「そうか…?」
「俺は、ね。王様は違うってんならそれはそれだし」
そう言って笑うアルトの横顔は酷く儚く、エドガーの瞳に映る。クリスマスの過ごし方は人それぞれだとは言えどもアルトの、この調子ではいけないと思った勘はあながち外れてはいなかったようだとエドガーはそっと胸を撫で下ろす。
「それを否定はしないが、それ自体がクリスマスそのものを投げやりになる理由にはならないだろう?身内がいなくて、ひとりきりだというなら俺だってそうなんだからな」
「……あ、」
「それに俺は好きだよ。クリスマス」
昔の思い出はここにあるからな、と言って軽く胸を叩いたエドガーは悪戯が成功した子供のように笑う。アルトにも褪せない思い出の一つや二つないわけが無く。胸の内から湧き上がる懐かしい温かさを思い出して、瞳の縁に滲んだ滴を手荒く拭った。
「クリスマスに俺と寂しく男二人でいーのかよ王様」
「昔は弟と二人だったからさほど変わらん。ほら、スピリタスは止めてこっちのワインにしろ。上物だぞ?」
「まじで!?珍しっ」
アルトが叩いた軽口はすんなりと流され、手渡されたグラスにエドガー手ずからワインを注ぐ。血よりも重いと言われるサウスフィガロ産の最高級品の赤ワインの芳醇な香りが広がり、アルトは感嘆の息を漏らした。滅多にお目にかかれない水準のワインにアルトが気を取られている内に、手酌で自身のグラスにワインを注いだエドガーはそれを少しだけ前に差し出して視線の高さまで持ち上げる。
「メリークリスマス、アルト」
「……メリークリスマス」
照れくさそうにグラスを上げて応えたアルトに、バスケットから取り出したチキンサンドを手渡してエドガーは満足げにグラスに口を付ける。ひとりきりではない久しぶりのクリスマス、そして今年はエドガー自身も楽しみにしていた特別な年。
その理由を知らないアルトが驚きの歓声を上げるまで、あと少し。
砂漠に降るは(雪よりも儚い、光輝く万の星)
――――――――――――――――
アルトがフィガロに来て
三年目くらいの話。
※ブラウザバックでお戻り下さい