美化される事のない事実は、痛みを孕まない記憶がもたらす恩恵だと、信じていた。もともと記憶だなんて曖昧なものだから、事実を記した書物みたいに全てをきちんと留めておくことなんて出来ない。戦時下にある事もあって、前を向くため、悲しみにくれることなく敵に立ち向かえる、と誰彼もが口にする。
苛まされる、痛み辛みを知らないが故に。


*****


戦火が拡大する予兆が細い煙のように漂いだした事に誰も気付いていない頃。魔導院は平和で。イスカ方面の喧騒は、ここまで届かないだろうと。皇国の進軍を途中で軍が食い止められるだろうと、直接魔導院に侵攻が及ぶ事はないだろう思っていた頃。


「0組の人に、会った?」
「ああ、それも超お前好みのプラチナブロンドの碧眼の子。名前は確か、エースっていったかな」
「わーまじですかちょっと紹介して下さいよイザナさん」
「お前、彼氏にその台詞はねーだろ」
「イザナが私好みとか言うから悪いんじゃん!」
「あーはいはいそりゃ悪うございました」


長閑な空気が漂うチョコボ牧場で、いつものようにイザナと陽向ぼっこしながらお喋りしていた。傍らにはチチリ。前に私が良い枕にしていても文句を言わない辺りがとても好き、って言ったらイザナにもチチリにも苦笑された。


「…まさかここまで、来ないよね?」
「思ったより、って上が話してるのは聞いたけどな」
「そっか…」


纏ったマントの色が重い。イザナの纏う軍服を見るのも辛い。そんな事を考えていたら辛気臭い表情になっていたらしく、苦笑気味のイザナに頭を撫でられた。


「軍部の下っ端兵隊に危険な任務なんて回ってこないから、そんな顔するなって」
「……うん」
「あーもー、俺はお前の笑った顔が好きだって何回言えばわかるんだよ」


額に、頬に、優しい口付けを落とされて私は苦笑する。また子供扱いして、と文句を零せばマキナより年下のくせにと笑われた。少し拗ねたい気分、でもイザナが笑っているからいいや、と結論付けた。


「……おーい」


何にも言わない私を不審がって首を傾げたイザナ。それを見計らって、私はチチリの体に乗せていた自分の頭をイザナの膝へと移動する。


「この甘えため」
「いいじゃーん」
「ったく」


チョコボの匂いに紛れたイザナのコロンの香り。誕生日にあげたプレゼントを使ってくれてるんだとわかって嬉しくなる。私の髪を梳く彼の手はとても優しくて。こんな日々がずっと続けばいいのに、と二人と一羽で笑い合った。



……それから、時間にして僅か数日。


私を取り巻く環境は目まぐるしく変化した。皇国の侵入を許した魔導院の一部は損壊しており、美しかった外観は今ここに無い。……あの時私はエントランスにいた。でも後ろから突入してきた軍のおかげで、運良く生き残れた。
けれど。


「なんか、足りない……」


復旧の早かったチョコボ牧場で、いつものように草原に転がりながら溜め息を吐く。一人で時間を潰すには此処は退屈すぎて。でも、私はここに通い詰めていたのは覚えている。何のために、と自分に問うても答えは出ない。私の答えは亡くなってしまったのだろうという事だけは否応無しに理解していたのだけれど。


「リリアス…?」
「はい? え、ちょっとなんで君私の名前知ってるの」
「いや、その……なんでだろう…」


唐突に現れて、私の名を呼んだ彼が纏うは朱のマント。初陣を飾った、一番の功労者の0組。不思議そうに首を傾げる彼がどうして私の事を?と思った時、ひとつの名前が私の頭に浮かぶ。


「ね、もしかして君、エースくん?」
「!」


弾かれたように顔を上げ、驚きに目を丸くした彼を見て、私は彼が“そう”なのだと確信する。何故、と疑問を露わにする彼の張り詰めた表情に私の胸は、不思議と痛む。どうして名前を知っているのか思い出せない、わからない。ぽっかりと胸にあいた、寂しさの理由も、全部、全部。


「……泣かないで、くれないか」
「 、っえ?あ、ご、ごめん…」


さくさくと音を立てる草を踏み、隣に腰掛けた彼は私の頬を伝う涙を指先で拭う。壊れ物を扱うような、ぎこちなく、それでいて優しい彼の指。困ったように笑う彼の顔に、一瞬誰かの影がノイズのように重なって消えた。直後、堰が切れたかのように、はらはらと涙が零れ落ちる。


「、っ」


気がつけば、彼の胸の中。緩く抱きしめられ、あやすように背を叩かれ、私は堪えきれずに嗚咽を漏らす。初対面、何故かお互いの名前を知っているだけ。本当に、それだけ。なのに私は。こうされる幸せは、知っている。


「ごめん…」
「いや、気にしなくていい。少し、驚いただけだ」


そう言って微笑を浮かべた彼は、エースは私の頭をゆっくりと撫でる。ほぼ初対面の人に恥ずかしいところを見せてしまった、と思うと顔から火がでそうで私は俯く。既に私の顔は赤い気がする、だってもう恥ずかしくって顔が、熱い。


「なぁ」
「はい?」
「付き合ってくれないか」
「え?何処に?」
「……そんなベタな返事を期待していたわけじゃないんだけど」
「?」


どういうこと、と続けようとして私は顔を上げた。その直後、額をかすめたのはきっと彼の唇。理由がわからない、だって初対面。恋に時間なんて関係ないと記述された本もあったなぁ、なんて焦った思考は明後日の方向へ。そんな私を見て、深まったエースの笑みは……凄く綺麗で。


「冗談でも嘘でもない。僕と、付き合ってくれないか」
「う、うん」


真剣な彼の、エースの勢いに押されたと言っても過言ではない。彼は私好みの外見ではある、そりゃもう、完璧な程。でも、それ以上に私を見つめる瞳に惹かれた。


「…エースくん」
「エースでいい」
「じゃ、じゃあエース。ここじゃなくて何処か行かない?サロンとかリフレとか」
「そうだな」


泣いたおかげで少しすっきりしたけれど、この場所にいると心が壊れそうになるほど痛い。無くした記憶が関係あるのだろう。この時程虚しさと痛みを覚えたのは、初めて。忘れることはクリスタルの恩恵だと配慮だとずっと、思っていたのに、どうして苦しい。


「大丈夫か?」
「あ、うん。ごめんねさっきから」


舞い上がるような告白ではなかったにせよ、嬉しい事には変わりないのに。心に空いた喪失感の方が大き過ぎて上手く笑えない。


「構わない。でも、出来ればごめんじゃなくて、ありがとうにして欲しい。それと…笑っていた方が可愛いと思う」


そう言って、優しく笑う彼につられて、ほんの少し笑えたような気がした。
“私がいつも此処で待っていたあなたは誰ですか。”
消えた記憶の思いを断ち切るように、答えの出ない問いを空へと。


(よぉ、エース。また会ったな)
(イザナ。…今日はなんだか楽しそうだな)
(あー…、顔にでも出てるか?)
(ああ、思いっ切り)
(あっちゃー…通りでからかわれるわけだ)
(どうした?)
(久々に彼女に会うんだよ。ここのところ忙しいかったから)
(彼女…)
(ああ、7組のリリアスっていうんだけどさ。これが俺には勿体ないくらい美人で、笑顔が可愛くて)
(それでそんな緩みきった顔なんだな)
(緩みきった、ってお前酷くないか?)
(僕は事実を述べたまでだ。それより早く行ってやった方がいいんじゃないか?あれ、イザナの彼女だろう?)
(ん?やっべ、もう来てたのか。じゃあまたなエース)
(ああ、また)



記憶はいつも美しい
(失った繋がりを忘れている内は)



        企画:ここだよ





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