バレンタインデーは昨日ですよ?


修行場にて部下にそう言われ、カインは肩を落とし失敗したなと心内で溜息を吐いた。
毎年バレンタインデー当日にシェイが焼くショコラタルト。
材料費がかかるとか、
面倒くさいとか、
色々彼女は愚痴るのだが、作り上げられたそれは、どこの店に出しても負けないくらいに美味しいもの





…なの、だが。





シェイ自身がバレンタインをどうとらえているのかよく判らないのだが………
明らかにバレンタイン云々というかなんというか、冷蔵庫の中に
『食べたいヤツが食べてくれ』
とかかれた紙と共に置かれているだけ。


したがって、ただ訓練所の冷蔵庫へ向かうだけだというのに、まわりには屍ならぬ踏み倒された仲間の山やま、死屍累々。
それは兎に角もう、奪い合いが凄まじいのだ。
だから、今晩バロン城へ帰還したところでショコラタルトが残っているわけもない。
さして甘いものが好きではないカインなのだが、幼少時から食べ慣れているシェイのショコラタルトだけは…どうしても譲れなかったというのに。







時は過ぎ、
カイン率いる竜騎士団は15日の深夜にバロンへ帰還した。

解散をすませた後、颯爽とシャワーを浴びたカインはいささか脱力気味な様子で部屋へと足を進めた。残っているかもしれない。という淡い期待を持ちながら足を延ばし、確認してきた訓練所の冷蔵庫。
やはりというかなんというか。その中にはカインの予想を裏切らず、タルトの欠片ひとつ残さず空になった皿と、山のように積み重なった『シェイ隊長!毎年ありがとうございます』等、お礼の言葉が書かれた小さな紙だけが入っていたのだった。


いくら自分の不注意であったとはいえ、今となれば訓練の日付を話した時の部下の複雑そうな表情の意味も理解できたし、なにより冷蔵庫内の現状を目の当たりにして、悔しさが増したのもまた、事実である。
胸中に渦巻く思いを吐き出すかのような溜息をつきつつ扉をあけたカインは、寝酒を呷るべく棚からウイスキーを取り出し、部屋に備え付けてあるテーブルへと向かう。


途中、カインはふとテーブルの方から漂ってくる、仄かに冷たい風に気付いた。


それを不審に思いながら手に持ったグラスとウイスキーのビンをテーブルに乗せ、カインはテーブルの上にあるランプをつけた。
柔らかなランプの明かりに照らし出されたのは、氷のかけらに囲われたショコラタルト。
それに驚きながらも、カインがそっとショコラタルトを囲う氷に触れると、氷は音もなく霧散し宙に溶けた。



魔力で作られた氷と切り分けられ取り置きされているショコラタルト。誰の仕業かなど一目瞭然な室内で、ベッドで静かに眠るシェイを見、カインはふと口元を緩めた。





冷蔵庫にいれて放って置くシェイがわざわざ自分の為だけに。



同室のよしみか
それとも、幼なじみが故か

はたまた…?



しかし、その真意は眠る彼女しか知らない。







カインはテーブルから離れ、眠っているシェイの頬にひとつ口付けを降らす。




「ありがとう。シェイ…」



呟いたその顔はどことなく満足げで。




「…んー…カイ…?」
「…ねてろ」



触れた感触に気付いたのか寝返りを打ち、うっすらと瞳を開け自分の名を呼んだシェイの瞼の上に手のひらで影を作るように被せ、カインはそう囁く。



「……ん」



ふうわりと微笑みを浮かべてシェイはまた微睡みの中へと沈み行く。寝起きの悪い彼女だからきっと、明日眼が覚めた時には今の出来事を覚えてはいないか、もしくは夢の内容にされてしまうだろう。




「おやすみ…」




それがなにやら少し悔しい自分と、それでいいのだと思っている自分自身。相反する思いを胸に奥へと終い込み、シェイに向けて眠りにつく前の言葉を口にしながら、カインはひとり溜息を吐く。




「きっと、俺にとって…」





その呟きを聞くものはおらず。




月明かりよって濡れた輝きを放つ紅蓮の髪を静かに撫で、カインもまた自らのベッドへと潜り込み瞳を閉じた。







****





「おはようカイン!」
「………朝から元気だなセシル」


たっぷり9時間睡眠をとり、お肌つやつや、女の子に羨ましがられそうなセシルをみてカインは小さく溜息をついた。
セシルが今日ここまで機嫌がいいのは何も睡眠時間だけの話ではないのだろう。
そんな事をカインが考えているとは露ほども知らぬセシルが、唐突に、あ、と声をあげた。



「どうした?」
「んーあのね、ローザからカインに渡してくれって言われて一昨日のを預かってるんだけど…」



確かに入れたはず…と言わんばかりの様子で腰に付けたポーチの中を漁り出すセシル。それを見たカインは慌ててセシルの肩をつかみ、探すのを止めさせた。



「セシル…悪いんだが今年もお前が食べてくれないか?」
「別にかまわないけど…それでいいの?毎年じゃないか」
「ああ…、甘いものは苦手だからな」



困惑気味な表情のセシルに向けフッ、と苦笑気味に笑ったカインはセシルに「頼んだ」と声をかけ、念を押すように肩を叩きいてから足早に訓練所へと足を進めた。




「本当よくわかんないなぁ、カインは」




しっかりと、これまた例年のように頼まれてしまったので、セシルはカインの後ろ姿を眺めながらセシルはポーチから見つけ出したローザお手製のクッキーを頬張る。





ばぎりっぼぐっ…べぎべきっ…




というクッキーを噛む音が、何故か飴を噛み砕くよりも固そうな音だったことを知るのは、立ち去ろうとしていたカインだけ…。












実のところ、カインが甘いものが苦手になった原因は




他でもないローザ・ファレル
彼女のせいだったりする。






――――――――――――
拍手を直してみました。オチがだらだらでごめんなさいorz
拍手のままのがキレがよかったのかなぁなんて…思えば思うほどへこみますが(苦笑)
あ、うちのセシルは味覚音痴でローザは料理下手。
きっと苦労するのは彼らの息子………(笑)
ではかなり遅れましてのハッピーバレンタイン!
H21 2 15 風見星






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