ずっとずっと、眠っていたような気がする。
儚くも美しい世界。
……それこそ、夢幻―ユメマボロシ―のような。

誰かの声が聞こえて私は顔をあげた。覚えのある声、だった気がした。けれど、見渡せど見渡せど私の傍らには誰もいない。あれ?と首を傾げて私はまた、先程まで寄りかかったいたそれに身を預ける。眠たいわけではないけれど、酷くだるいのだ。

「       」

瞳を閉じた瞬間に、また。今度はもう無視することに決めた。たった1ミリ、身体を動かすことすら億劫な程、どうやら私の身体は疲れ切っているらしい。私は強く目を瞑った。

「…また寝ていたのか?」

この声は誰だろう。胸に響くような、愛しい声ではある、けれど。無視しようかと思ったのに、肩を無遠慮にも揺すられてそれは適わず。気怠くも重たい目蓋を無理矢理開けて、肩に乗せられたままの手のひらの主を見た。

「……ああ、なんだ。ウォーリアか」
「なんだ、とはなんだ。まったく」

そう言ってウォーリアは私の頭を手荒く撫でた。嫌ではないから、されるがまま。髪をきっちりセットしているわけでもないから、正直どうでもいい。髪越しに伝わる手のひらの温度が心地よい。

「……また寝るつもりか?」
「…だって、眠いんだもの」

ふわ、と欠伸が出た。それを見てウォーリアは苦笑する。仕方ないじゃない、眠いんだもの。拗ねたように呟けば、彼の膝を貸して貰えた。鍛え上げられた筋肉って寝づらいのに、と愚痴れば文句を言うなと返された。それも、そうだ。

「おやすみ――…」

囁くような声音がだんだん小さくなって聞こえない。そういえばさっき私何かに寄りかかって眠っていなかったっけ?と思ったけれど、身体はもう睡魔に捕らわれ動かない。ああ、起きたら誰かに聞いてみよう。


「          」

妙に存在感のある声が頭に響く。でもその哀しげな声音に私の胸が締め付けられる。ごめんなさい、謝っても何の意味もないし本当の意味での贖罪にもならないというのに。それでも私はこの言葉を口にする。この言葉に勝る言葉を私は知らないから。

「      ――!」

響く声音が怒気を孕んで私は慌てて飛び起きる。誰もいない、私はもたれかかって眠っていた。では夢か、それでもいい。所詮私の境界線など有って無きもの、酷く脆く頼りない。

「……もう、わからなくなってきたわね」

それは終焉の始まり。混沌―カオス―を越えて終焉が近づく。私は私の仕事を終える。だからこそこんなにも身体が重い。今回も負けは此方。勝敗―ユクエ―の決まった闘いに巻き込んでしまって、ごめんなさい、と言葉にならずに悲痛な呼気だけが喉から漏れた。

「コスモス!」

崩れ落ちる身体、支える腕は愛しの貴方。貴方は覚えていない、けれど私は覚えている。偽りの調和の神に勝利など貰えるはずも無く、あの日消えた調和の神の代理に据えられたのは単なる一介の戦士。

「私は大丈夫です。だから貴方は行って……!」

力を振り絞って立ち上がり、添えられた手を突き放してウォーリアにそう告げる。逡巡した表情は一瞬、貴方は私に頭を下げて駆け出した。それでいい、それでいいの。

「また一つの闘いが終わる――」

見上げた空は澱んだ雲に覆われて。降るはずもない雨の匂いが鼻腔をくすぐる。私の代わりに泣いてくれたらいいのにと、幾千の日々、思ったことか。

「    」

響く声音は強くなる、けれどまだ聞こえない。私は私の終わりを悟っている、もう解放して欲しいと願い乞う言葉は聞き入れられず。私は再び幾度となく続く闘いの輪廻の渦中に偽りの調和の神として立つのだろう。――消えた彼女が見つかるまでは。

「現も夢も私にとってはただの幻……」

私が私ではなくなったあの日から。繰り返されるこの世界で貴方が私の真名を呼ぶことは無く。貴方と共にある日々は霞む記憶が見せた夢かと思えど、私には此方こそが夢のよう。何故なら私が、私が調和の神に選ばれる理由などなく。あの日、共に戦った貴方があまりにも彼女を、真実の調和の神を擁護するものだから私は彼女を一時でも羨ましいと思ってしまった結果がこの夢なのだとしたら。

「私は夢の終わりを望みましょう――」

繰り返される輪廻も、この世界の存続もシステムも関係ない。私はまた貴方にウォーリアに私の真名を呼んで欲しい。

―――そう、リリアスと。

たゆたうは泡沫の夢。夢と夢を渡るのならば私の現実は何処にあるのだろうか。眠れども目覚めども貴方は私の名を、真名を、呼んではくれない。そして私はまた聖域の台座に身を寄りかからせて瞳を閉じる。

「  ――…愛している、リリアス」

はっきりと聞こえた声に飛び起きる。目の前には優しく、まっすぐに私をみて微かに笑う彼。見慣れたはずの兜も鎧も、愛用していた剣すらもなかったけれど。覚えのある銀糸の髪に、幾度となく私を真摯に映していた厳しくも優しい瞳。ウォーリア、と無意識に声が漏れた。声音は震えていた。

「怖い夢でも、見ていたのか」

そっと私の頭に手を乗せて、ウォーリアは私の頭を手荒く撫でる。此処は何処だ、見覚えはある、けれど名前が出てこない。また夢か、それとも私は起きているのか、はたまた寝ぼけていて夢の狭間にいるのか。わからない、わからないけれど。

「ウォーリア」
「なんだ、リリアス」

呼べば、返ってくる。私の名。彼が私を見つめる瞳はとても優しくて、枯れ果てた心に潤いが満ちてゆく。

「私も、愛してるわ」
「……そうか」

言葉少なな返事、だが満足げに彼は微笑む。ああまた貴方に名を呼んで貰える幸せ。

もしまたこれが夢ならば
醒めぬ夢であればいい

そう願わずにはいられぬ程に、私は幸福を感じていた。















―――……今となってはどれが真実なのか私には判断つきませんし、また解明する事も出来ません。
あれは、私が昔喚んだ戦士の一人である彼女、リリアスが見た夢なのか。
それとも、真実の調和の神たる私、コスモスが見た夢なのかすらも。



ただ一つだけ、言えることはそう―――




「終ぞ、誰彼そ知らぬ解は」



それこそ眠りという名の
混沌の彼方。
美しい籠の中で眠る蝶は
(求める空を夢に見る)


    企画:ねむる/into cola





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