そういえば、
出会ってもう随分経つんだな。
なんて、今更のように。


【いままでもこれからも】


夏の盛り、生い茂る緑の夏草の香りが鼻腔を刺激する。冬よりも遥かに長い日照のお陰というか所為というか、訓練や終業時間が延び帰宅が遅くなる事もしばしばあった。

「ただいま、……?」

開け放たれた窓の傍。緩く風に揺れるレースの隙間から差し込む微かな、暮れかけの夕陽がおぼろげに照らす姿の名をそっと呼ぶ。望んだ反応は無く、音を立てないように静かに歩み寄れば小さな寝息が聞こえた。

「いったい何時から…?」

膝の上には読みかけの本。無造作に広げられたそのページを押さえる手は力なく、窓辺に凭れかかるように彼女は眠っていた。薄手のワンピースに淡い色合いのケープを羽織ったその姿から、戦士だった頃のシェイを瞬時に思い浮かべられるものは、そういないだろう。

「んぅ…。あ…、おかえり」
「ただいま」

半ば夢の中といった、薄く開いた蕩けそうに甘い紫水晶の瞳がカインを映す。読みかけの本を閉じ、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべたシェイの唇に触れるだけの口付けを贈って、カインは彼女の足元に膝を付く。

「カイン?」
「冷えてるな…」

本を持っている手ではない方のシェイの手を取って、その甲に己の唇を押し当ててカインは苦笑する。最近、眠る事が多くなった彼女。疲れているのか?との問いに魔力が足りないだけだ、と言って小さく苦笑していたのは、つい最近の話。

「大丈夫、か?」
「うん」

今日は月が出てるから、とシェイはこそばゆそうに微笑む。差し込む光が、陽光から月明かりに変わり、煌めく光がゆるゆると包み込むように彼女の周りを踊り輝く。

「心配かけてごめん、ね?」
「……いや」

添えられていたカインの手を握り返して、シェイは眉根を潜めて哀しげに俯く。あの戦いの後、傍らにいると誓ったにも関わらず彼に何かしてあげられているわけではない自分を、不甲斐なく思ってシェイは瞳を伏せた。

「傍に、居てくれるだけで幸せだと言っただろう?」

強く握り締められた手をゆっくりと解いて、今度は手の平に強く唇を押し当てて、カインは苦笑する。長らく表立っていなかった高位貴族の妻、という立場に彼女が辟易しているのは知っていた。それでも尚、逃げ出さず己の傍に有り続けてくれる事をただただ嬉しくカインは思う。

「私…で、いいの?」
「お前がいい。……否、お前でなければ駄目なんだ」

立ち上がり、瞠目するシェイの額に、頬に、熟れた果実のような唇に、真白い首筋に、滑らかな鎖骨に、甘く香る胸元に口付けの雨を降らせてカインは至極幸せそうに微笑む。その細められた翡翠色の瞳の奥に、愛慾の色を見出してシェイは困ったように笑った。

「カイン、お前なぁ」
「仕方ないだろう?」

俺を虜にするお前が悪いんだ。とわけのわからない責任転化の言葉を口にして、カインは間髪なくシェイの唇を、呼吸すらも奪う。

「……っ、は」

上気した彼女の頬を撫でて、満足そうにカインの唇は弧を描く。出会ってから長い時が過ぎた今も、これからもずっと共に、と願うこの気持ちはどこまでも真摯なもの。

「愛している、シェイ」
「きゃっ」

言葉よりも早く、椅子から彼女を抱えあげてカインはしたり顔で三度シェイに口付ける。緩みきった彼のその表情が意図するところに気付いて、シェイは小さく息を漏らした。

「そこの窓、閉めてね」
「ああ…わかってるさ」

小さく施錠の音が響き、高らかに鳴る一人分の足音が窓辺から離れて行く。当たり前過ぎて忘れてしまう程に“傍に”と願うその想いに嘘偽りは無く、そこにあるのは二人を繋ぐ確かな愛。

「カイン」
「ん?」
「頼むから、優しくしてくれよな」
「………善処する。が、可愛いすぎるお前が悪い」
「なに、それ」

もう!と、頬を朱に染めて苦笑するシェイの瞼に口付けを落とし、ただ静かにカインは勝ち誇ったように笑うのだった。





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20周年おめでとうございます。
当たり前過ぎるくらいそばに、これからもFF4が有り続ける事を祈って。
H23.7.19 風見星







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