照りつける太陽。
澄み渡った蒼い空。
日に日に気温は、増しゆくばかり。


【 夏、来たる 】


雨が少なく空気が乾燥するため湿度こそ無いものの、気温は平均三十度を超える。主だって冬に一定の降雨(時折雪)を保つこの地域の――バロンの夏は、暑い。

『水分補給はこまめに!』

今年もまたそんな時期になったか、とカインは城下の至る所に貼られた熱射病の警告紙を眺めて思う。腰につけている水筒の中身は既に空、合同訓練の合間に飲みきってしまった。

「お待たせ」
「いや、悪いなシェイ」

彼女の額にべったりと張り付いていた紅蓮の髪を払ってやってから、カインは差し出されたグラスを受け取る。流れ落ちる汗をシェイが、取り出したハンカチで拭いているのを横目で見ながらカインは渇いた喉を潤すべく早々とグラスに口をつけた。

「……旨いな、これ」
「でしょう?最近人気なんだ、此処の店」

喉を滑り落ちた冷えた果実水の程好く、キレのある甘さにカインは珍しく感嘆の声を上げた。甘いものが余り得意ではない彼が、間髪を容れずに再びグラスに口をつけるのを見て、シェイはグラスから口を離し緩やかに微笑む。

「気に入った?」
「……ああ」

カインの喉がせわしなく動いて嚥下し、カラン、と空になったグラスの中で氷が乾いた音を立てる。ほのかに吹きはじめた風が頬を撫でゆくのが気持ちいい。

「さっきの果実水。梨、か?」
「うん。こっちは桃だけど、飲む?」

そう言ってシェイが差し出したグラスを受け取って一口。先程自分が飲んでいたものよりもとろりとした舌触りの水が喉を通り過ぎる。梨の果実水をすっきりとした甘さと言うならば、桃の果実水は後引く甘さで、カインはほんの少し眉根を寄せた。

「甘すぎた?」
「……嫌という程では、ない」

返答を困り、グラスに視線を落としたカインを見て、くすくすとシェイは笑う。よっぽど喉が渇いているのだろう、甘い…と呟きながらももともとはシェイが飲んでいたグラスを、カインは離そうとしない。

「もう一回買ってくるよ。ええと…林檎、葡萄、檸檬、あと梅もあったかな。カインはどれがいい?」
「では、梅を。すまないな」
「気にしなくていいよ。あの中にカインを行かせる方が大変そうだし」

苦笑気味にじゃあ買ってくるね、と言ってシェイは駆けて行く。混み合った店先に列する大半は女性で、カインは手にしたグラスを傾けながらぼんやりとそれを眺めた。ようやく太陽が傾きだしたおかげで日差しは弱まり、だんだんと風が夜の匂いを孕み、幾分か冷えた風の心地よさにカインはゆっくりと息を吐き出す。

「どうかした?」
「! いや、どうという訳ではないが。……それにしても、早かったな」
「え?ああ、ちょっぴり優遇して貰っちゃった」

ほら、とシェイの細い指が指し示す先に視線を向ければ、慌ただしく注文を捌いている売子の中に、見知った顔。確か…――魔法騎士団のアルベルトだっただろうか。

「実家、なんだって」

ぽつりとグラスに口をつけながらシェイは呟く。その少し寂しげな横顔に、かける言葉を探しあぐねてカインは彼女同様グラスに口をつけた。ただただ喉を流れ落ちる水だけが、身体のほてりを冷ましてゆく。

「俺がいるだろう」
「…ありがと」

唐突に口をついて出たカインの言葉に、シェイは驚いたように目を見開いてそれはそれは嬉しそうに破顔する。普段垣間見る事などない、あどけない彼女の…――父母とカインと共に邸で暮らしていた昔を思い出すような笑顔にカインもつられて小さく笑みを零した。



薄闇に包まれる帰り道。
……帰路に着く二人の伸びた影の一点が重なっていたのは、偶然か否か――
それは奇しくも、二人が出会ったあの日の姿とよく似ていた。






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