天を流れし天の川
阻まれたひとつの恋逢瀬。


【星に願いを】


黄金の髪、蒼の瞳。
この国で最も貴い色。
それが三つ、ぱたぱたとまろぶように見張り台へ向かって駆けて行く。
城の一番奥にある見張り台は手前の見張り台より一段ほど高く、空がより近く感じられることから彼らのお気に入りの場所だった。

「兄上はやくー!」
「置いていっちゃうよー?」
「少しは待てって言ってるだろ」

エドガーの手には二人分のブランケット。真夏を目前としたフィガロの――…砂漠の夜は冷える。身体の弱い弟妹たちの為にと走りまわるのは苦ではないけれど、こうも自分の体調に無頓着な弟妹を目の当たりにすると流石にエドガーとて怒りたくなってくる。

「マッシュ!レフィ!」
「きゃー!」
「兄上が怒ったー!逃げるぞレフィ」
「うんっ」
「あ、こら!」

逃げるも何も向かう先はわかっているのに、と苦笑しながらエドガーは速度をあげて駆ける二人の背をゆっくりと追った。





******



「「わぁ…!!」」

静まり返った王の間の脇を通り過ぎ、階段を駆け上る。
渇いた砂漠の上に広がる満天の星空を見て、マッシュとレフィの口から歓声が漏れた。
年がら年中漂っている砂塵が昨日珍しく降った雨で落ち着き、澄み渡った空気の中で星々が燦然と輝く。

「エドガー兄さま、天の川、どれでしたっけ?」
「えっと、…あれだ」

弟妹の肩にブランケットをかけてからエドガーはすっと腕を伸ばし、人差し指で空をたなびく光の帯をなぞる。昔、多くの人が想像を馳せた、か細い光を放つあまたもの恒星の集まり。

「例年より綺麗ですわね…」
「………兄上」

微かに頬を赤らめうっとりと星空を見上げるレフィと、不安げな瞳でエドガーに問い掛けるマッシュ。心優しい弟の思惑を感じとって、エドガーはその頭を撫でてやった。

「大丈夫だと思う。だってほら、晴れてるだろ?」
「………でも、」
「昨日の雨を気にしてらっしゃいますの?マシアス兄さま」
「うん…だって、一年に一度なのに会えなかったら可哀想じゃないか」

レフィにも頭を撫でられ、いよいよマッシュは泣き出しそうに顔を歪ませる。涙の滲む彼をなだめようとエドガーは左に、レフィは右の頬に小さな口付けを贈る。くすぐったそうに身を捩らせたマッシュを取り囲むように抱き締めて、一番上の兄と一番下の妹は互いに顔を見合わせて笑う。

「なんだよう、二人して」

嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤に染めて、マッシュはわたわたと両手を振る。ぎゅうぎゅうと抱きつき続ける二人を無理矢理引き剥がした頃には、マッシュの顔にも笑顔が戻っていた。

「きっと会えてますわよ」
「逢瀬には絶好の空じゃないか」
「だと、いいな…」

照れたように笑うマッシュの首筋に抱きついてレフィは愛くるしい笑みを深め、エドガーはそんな寄り添う二人を両腕を目一杯広げて抱き締める。

「ねぇ、兄上」
「ん?」
「お話、してくださいな」
「しかたないなあ」

去年と変わらないぞ?と念押しするエドガーに、その両腕に包まれたままのマッシュとレフィは煌めく夜空と同じくらいに瞳を輝かせて首を縦に振る。余りにも真っ直ぐな二人の視線と期待を向けられて、エドガーは些か困った様子で微かに朱に染まる頬を掻いた。

「織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘でした。同じく働き者の牛使い彦星と仲睦まじく、天帝は二人の結婚を認めたんだ。めでたく夫婦となった二人だったけど――…」

空を指先でなぞりながら、エドガーは静かに七夕伝説を語る。天の川を挟んで輝くベガとアルタイルを差しては、マッシュとレフィに説明するように腕の中の二人を見やる。毎年の事だというのに、相変わらず星空に釘付けになって弟妹は自分の話に耳を傾けていた。

「夫婦生活が楽しくてしかたがなくて、織姫は機を織らなくなり、彦星は牛を追わなくなってしまった。このため天帝は怒り、天の川の両岸に二人を引き離してしまったんだ。ただ天帝の情けによって――…って、レフィ?」
「ロニにいちゃ、眠ぃ…」
「わ、レネ。お前まで寝ないで!二人は運べないからぁ」

エドガーの服の裾を引っ張って、マッシュは眠い目をこすりながらそう訴える。エドガーは慌てて、うつらうつらと舟を漕ぎ出しているマッシュの肩を揺すり、寝ないでよお願いだよと訴える。既に夢の中にいるレフィを背負うのですら手いっぱいだというのに!とごめんと呟いて眠ってしまった弟を見て、少しばかりエドガーは泣きたくなった。

「エドガー」
「父上!?…どうして、こちらに」
「フランセスカ女史に言われてな」

唐突に降ってきた声と、頭をに乗せられた温かな手の平に驚いてエドガーは目をしばたたく。人差し指を口に当て片目を瞑って茶目っ気たっぷりに父スチュアートは微笑み、エドガーの服の裾を掴んだまま眠っているマッシュの手の平をほどいて抱き上げた。

「レフィを頼んでも大丈夫か?」
「はい」
「今は良いんだぞ?」
「…! うん、大丈夫だよ。父さん」

嬉しそうに笑うエドガーの頭をひとしきり撫で、スチュアートは片手で城壁に寄りかかっていたレフィの身体を起こす。小さく身を捩らせたレフィの頭を軽く撫でて妹を背負おうとするエドガーに手を貸し、二人の肩からずり落ちてたブランケットを拾い上げた。

「足元、気を付けてな」
「うん」

同い年なのに一回りも身体の小さな妹のレフィを背負ったエドガーの方を時折振り返り、自身の腕の中で眠るマッシュに視線を落としてスチュアートは緩く口元に笑みを浮かべる。他愛ない会話を普段の倍以上エドガーとしながら子供部屋へと向かった。

「おやすみなさい、父さん」
「ああ、おやすみ」

眠たそうに瞼をこするエドガーが扉を閉めるのを見届けて、自室に戻るべくスチュアートは踵を返す。その途中、廊下の窓から差し込む星明かりに誘われて窓辺に身を寄せた。

「(……子供の成長は、早いものだな)」

まだ年端もゆかぬというのにお三方とも本当にしっかりしておりますよ、という神官長フランセスカの言葉を思い返してスチュアートは苦笑する。特にだんだんと妻に似てくるレフィを見ると、否応無しにも実感しざるを得ない。

「クリステール…」

窓から身を乗り出して、瞬く星々に向かって手を差し伸ばす。若くして亡くなってしまった妻、もう届けることの出来ない思いを馳せてスチュアートは瞳を閉じた。







儚き願い、星々に
叶わんと知りつつも
願わくば、どうかと祈り請う


かささぎ渡す
橋のよう
成就せしや、恋逢瀬







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