もし君を失ったら
……なんて、考えたくもない



【失いたくない、君へ】



「リリアス、リリアス大丈夫か?」



さっきからこうやって、傷付いたリリアスを背負って歩きながら涙を滲ませたような声音で呼びかけ続けている彼が、ソルジャー2ndだなんて誰が信じるだろうか。(事実であることに間違いはないけれど)



「もう、置いて行けってば」
「やだよ、それだけは聞けませーん!」



そう言って、また同じ言葉を返される。
回復のしようがないくらいに負傷した自分を背負うことで、どれほど狙われる危険性が増えるか解らない程ザックスは馬鹿では無かった筈なのに、とリリアスは彼の背中に顔を預けながら思っていた。流れ落ちる血の所為でザックスの背は既に真っ赤に染まっている。



「ねぇ…ザックス」
「なん、だよ」



『死に逝く者は饒舌になる。』
それをずっと警戒しているのか、リリアスを背負ってからのザックスの声は低い。普段とのギャップが大きすぎて少々怖さを感じてしまうほど。




「もう…」
「いいから喋るな、絶対連れて帰るからさ」




だから心配するな、と呟いて、よいしょとリリアスを背負い直したザックスは思いっきり歩くペースを速める。それを不思議に思ったリリアスは数秒遅れでその訳に気づく、地に垂れた自分の血を辿って追ってくる奴らの足音に。



「ザックス!!」
「いやだ!」



反射的に発された言葉はきっと彼の本心。それ故に苦笑するしか無くなったリリアスは、小さな笑みを浮かべたまま思い付いた別の案をザックスの耳元で呟く。



「バングル、どっちの手?」
「っは?なん」
「いいから」
「ぇ、と、左!」



駆けることに精一杯のザックスからの返事にリリアスは「ありがと」とだけ返し、ザックスの背に寄りかかっていた身体を少し起こし、彼の首に回していた左手をそっと沿わす。



「いいの、…持ってんじゃん」



バングルから流れ、ザックスの肌の表面を覆うマテリアの魔力にリリアスは企み顔で笑う。そして徐々に自分の魔力をマテリアへと送り込み始めた。



「リリアス?!止めてくれ!!」



バングルにはめられたマテリアの内の一つが急激な熱を帯び始め、ザックスはリリアスの言葉の意味を知り声を荒げた。しかし、ザックスとは比べ物にならないくらい魔力の高いリリアスには彼が叫ぶ間すら、歯止めの意味をなさず、直後、マテリアの一つが煌めきを放った。


「………っ!」



凄まじい轟音と振動、そして熱風がザックスとリリアスを襲う。彼女の手によって的確、かつ確実に放たれた魔法-フレア-は追っ手のその姿すらかき消していた。




「っリリアス!?」




熱風を耐え走り続けていたザックスが焦ったようにリリアスの名を呼ぶ。しかしそれに返事は無く、先程よりも重さの増した彼女の身体がザックスの背にただ乗っかっているだけ。




「絶対助けるから!リリアス耐えてくれ…っ!」




******




気が付いたら、真っ白な部屋だった。


痛む身体を無理矢理に起こして、ふと視線を降ろすとザックスがベッドにうつ伏せになって眠っているのに気付いた。




「………病院?」
「そうだぞ、と。ようやくお目覚めかぁ?リリアス」「レノ!」



区切られたカーテンを開けてレノが中に入ってきてリリアスの頭を軽く叩いた。その顔は疲れと安堵が入り混じったような表情を浮かべていて、リリアスは改めて自分の怪我の酷さを思い知った。



「なんか、ごめん…」
「判ってるならいいんだぞ、と。じゃ、あとはそこの奴にお礼言っとくんだな」



俯いたまま呟いた言葉にレノはそう言うと何かを企んだ子供の様な笑みを残し、踵を返して病室を出ていってしまった。その静まり返ったベッドの回りに残されたのは眠るザックスだけ。



「………ザックス」
「………ん…ー?」



リリアスが伸ばした手がほんの少しザックスの髪に触れた時、うっすらと瞼を開けてザックスの瞳が至極ぼんやりとリリアスの姿を捉えた。




「ありがと、ね」




まだ寝ぼけている彼の髪を愛おしそうに撫でリリアスは柔らかい笑みをその顔に浮かばせる。心地よい彼女の手のひらに再び眠りに誘われながらそれを見ていたザックスだったが、唐突に眠気が覚めたかのようにベッドから身体を起こし、その端に両手をつき身を乗り出してまじまじとリリアスの顔を見つめた。



「…リリアス」
「……なーに?」
「あの、その…大丈夫、か?」
「うん、ちょっと痛いだけ」




だからもう平気だよ。とリリアスが笑顔と共に返事をすると、ザックスは安堵の息を吐きながら、伸ばした片腕でそっといたわるように優しくリリアスの身体を抱き寄せた。




「どうしたの?ザックス」




いつの間にか回されていたもう片方の腕。苦しくも痛くも無いけれど、確かにしっかりと抱き締めていた。しかしその自分の肩口にうずめた顔を一向に上げようとしないザックスを不思議に思い、リリアスは怪我の所為で少し痛む腕を上げザックスの背に添えた。………そして感じたのは、小さな震え。




「ざっく」
「………よかった…ホント…」



ぽつり、と呟いた小さな声。
ようやく気が付いたけれど、ザックスが着ているのは普段のソルジャー服ではなく、白いワイシャツ。少しきつそうなところから恐らくレノの物だろうとリリアスは思い、はたと言葉を紡ぐ。



「もしかして…帰って、ない?」
「……うん……もし、俺がいない間に、って思ったら帰れなかった…」



ほんの少し抱きしめる力を強めてザックスはリリアスの顔に頬をすり寄せる。くすぐったそうに身をよじるがザックスが逃がしてくれる筈もなく、リリアスはされるがままになるしかなかった。




「…怖かったんだ」
「………………、ぇ?」




暫くの間子犬の様にじゃれていたザックスが唐突に悲痛そうな声を漏らす。




「返事がなくなって、気を失ってるのかどうなのか判らないリリアスを背中で感じてたときの俺の気持ち、わかるか……!?」



抱きしめていた身体を離し、ザックスは伸ばした手で困惑顔の彼女の頬を撫でる。リリアスを見つめる表情はとても優しく、やもすれば吸い込まれてしまいそうになるくらい、その蒼空色の瞳は透き通っていて。




「……失いたくないんだリリアス、お前を」



自身がつぶやいた言葉で驚き、固まっているリリアスを見てザックスは小さく笑い、彼女の頭を撫で、そっと自らの顔を近づけた。



―――愛してるよリリアス

囁かれた愛の言葉と優しすぎる口付けにリリアスは、傷で痛むのも忘れ、愛おしさに押されザックスの背中へと腕をまわす。


「……リリアス」
「…ザックス」





蒸気した頬と濡れた唇、そして誘うようなリリアスの声に惹かれ、ザックスの唇がまた彼女のそれに重なり……


ようやく通じた思いを確かめるかのようにゆっくりと深く甘く、甘美な時が流れていった。





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