ブラックジャック号の一室を占領して、同じソファーに腰掛けて、セッツァーから借りた本を二人して読み漁っていた。趣味が似ている、というかどちらもかなりの機械好きである事には変わりなく「お前らほんっと好きだよなぁ…」とセッツァーから呆れ混じりに言われてしまった。


【その、真意を問うならば】


羅列した文字を追っていた視界が不意にぼやけるのと同時に、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が自身を襲う。睡魔が忍び寄っているのだと気付き、エドガーは左右に頭を振った。誰に言われるでもないけれど双子の弟のマッシュと二人、日々先陣を切って戦いに挑んでいるのだから、疲労が重なっていると言えばそれで間違いはないのだろう。

「(今では鍛え方すら違うからな……)」

“あのチビがこんなにデッカくなっちまいやがって”と軽口を叩いて酒を酌み交わしたのは、まだそう遠くない日。しかしやはり十年は長かったな…とうつらうつら、眠気で回らない頭でそう思った。

「(………少し、寝るか)」

追い払っても無駄、と言わんばかりに眠りに誘う睡魔に身を委ねようとエドガーは、読んでいた本をサイドボードに置き、ソファーの肘掛けについた肘を支えにして、瞳を閉じる。眠りに落ちる一歩手前のふわふわとした感覚を、夢見心地で楽しんでいると唐突に肩を掴まれ身体を真横に引っ張られた。

「………アルト?」
「膝、貸してやるからゆっくり休めば?」

素っ頓狂な声を漏らしたエドガーに対して、王様超眠そうな声してるし、と続けざまに読んでいる本から視線を逸らさずにアルトは言う。本で隠れてその表情は窺えないが、ただ淡々とした口振りから単純な、飾り気のない純粋な善意だと推測出来た。

「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ん」

寝やすいように体勢をずらして、アルトの膝を枕にしてエドガーは再度瞳を閉じる。いつだったかセッツァーがアルトは身長と体重の関係の割にイイ身体をしている、と言っていたのを思い出して成る程なと納得した。柔らかで有りながら、心地良い太腿の弾力が至上の安らぎを生みだし、あまつさえ彼女から仄かに香る甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

「(待て、眠れるのか?これで…)」

まかり間違っても(以前男と思っていたとしても)、好いている女性。しかも、彼女に想いが届いているなら兎も角、現在はエドガーの片思いもいいところ。悩まし過ぎる悩みに、忍び寄っていた睡魔さえも押しのけて、エドガーは一人悶々とアルトに気付かれないように配慮しながら、苦悩していた。

「(……どうしたんだろ?王様)」

眠ったのならば些か重たく感じる筈なのに、と不思議に思ったアルトは眼前から本をずらし、ちらりとエドガーの顔を眺める。自らの膝の上で整った眉を寄せ、渋い表情で瞳を閉じている彼の姿を見、アルトは少し困ったような息を漏らした。

「(休める時くらい、きちんと休んで欲しいんだけどな……)」

現在彼がこなしている内容は、傍目から見れば本当に激務だ。個性溢れる仲間を纏め、策を練り、戦いもマッシュと共に先陣に立つ。あまつさえ、フィガロ城から持ち込んだ公務を行っているというのに、疲れた顔一つ、仲間の前では見せた事が無い。

「(今は、俺じゃ、役不足なんだろうけど…)」

昔、一度「お前が機械関係を担当してくれるから、以前より大分楽になった」と言われた事がある。素性も訳も聞かずに雇ってくれた恩を少しでも返したい、と焦る心をあの言葉とエドガーの柔らかい笑みは、優しく溶かしてくれた。今、この状況に置いても彼の力に成りたいとは思うけれど、非力な自分ではそれも叶わず。

「(でも、……な……)」

心を許してくれているとは、思う。そこはかとなく大切に扱われている気はするものの、対等に接してくれている。だからこそ、そう強く願うのかもしれない。完全無欠に思えるこの男の“何か”を崩してやりたくて、アルトが僅かに力を入れて引っ張ると、しゅる、と軽い音を立てて青いリボンはほどけた。

「(髪、綺麗だな……)」

細く、それでいて艶やかなエドガーの金糸の髪が、天鵞絨のように自身の膝とソファーの上に広がる。アルトはその美しさに思わず眼を細め、おっかなびっくり手を伸ばしてそれに触れる。

「(あ。やっぱりさらさら)」

絹糸、と呼称するのが正しいのではないかと思える程、手触りのよい髪に触れて機嫌を良くしたのか、アルトの口元が緩く笑みを形作る。彼女の表情は慈愛に満ちた眼差しを湛え、その視線は酷く優しくエドガーに注がれていた。

「(昔、母さんがよく、してくれたっけ…)」

朧気な母の面影を、手付きを思い浮かべ、その影になぞらえるように、アルトはエドガーの髪を梳き緩やかに頭を撫でる。自分が覚えている幼きあの日の、揺り籠にゆられるような包まれるような、幸せな安心感を与えるように。

「(……心地良いな)」

ふしだらな悩みの所為で、寝るに眠れなくなっていたエドガーではあったが、包むようなぬくもりを連れて、ゆっくりと髪を梳くアルトの手のひらに遠ざかった睡魔を呼び戻される。唐突に髪をほどかれた事には些か驚いたものの、こんな喜ばしい事をして貰えるならば、と甘んじて誘う睡魔に身を委ねた。










………――それから三時間後。


控え目なノックの音に返事を返せば、遠慮がちに扉は開かれて隙間からマッシュが顔を覗かせた。

「兄貴、……っと」
「…悪い。アルトが寝ているから、静かにな」

自身の膝の上、まるで猫のように上半身を丸めて眠るアルトの髪を梳きながら、エドガーはとても幸せそうに微笑む。そんな兄の姿を見て、マッシュの頬も自然と緩み、なるべく音を立てないように扉を閉めて、足音を殺して二人の座るソファーへと歩み寄る。

「けど、なんで髪おろしてるんだ?」
「……アルトにほどかれたんだよ。ほら」

マッシュが素朴な疑問を口にすれば、エドガーはアルトの手のひらの辺りを指差して、な?と言うように瞳を細める。見慣れた青いリボンを緩く握り締めて、満足げに眠るアルトの姿。それを見てマッシュは破顔一笑する。

「兄貴、今凄く幸せだろ」
「……ああ」
「早く告っちまえばいいのに」
「お前なぁ…」

不適に笑うマッシュに苦笑を返して、エドガーは遥か遠くを見るように視線を逸らす。その行動の裏に隠された思惑に気付いて、マッシュは溜め息混じりの息を吐き、昔自分がエドガーにされたように兄の頭を手荒く撫でた。

「マッシュ?」
「王様だろうが、なんだろうが、兄貴は兄貴だろ?アルトはきっと、わかってるって」
「……そう、だといいな」


緩く笑むエドガーに大丈夫だと念を押して、マッシュは当初の用事を口にする。そろそろ夕飯の時間だから、アルトが起きたら来てくれよ。と言って、野暮な事は致しません、と部屋から出ようと踵を返しかけてマッシュは一旦足を止めた。

「髪、アルトに結って貰うのかい?」
「そのつもりだが?」
「……いや、それならいいんだ。じゃあ後でな兄貴」
「ああ」

扉が閉められるのを見届けて、エドガーは膝の上のアルトに視線を落とす。彼女の目元に掛かる髪をはらった指先でそのまま頬をなぞり、口付けを一つ落とす。

「俺だって、な……」

そう呟いたエドガーの表情は、愛しい女性を見つめる、ただの一人の男の顔だった。


その真意を問うならば
(伝えられない、
 愛しい想いと答えましょう)


(……んぅ)
(起きたか?)
(…ぁれ、なんで俺が寝て…?)
(細かい事は気にするな。俺も久々にゆっくり休ませて貰ったしな。………それよりアルト)
(ん?何、王様)
(ほどいたからには、髪、結ってくれるんだろう?)
(え、あ、あぁ。もちろん)
(よろしく頼むぞ)
(おー、任しとけって!)


―――――――――――――
フィガロ王国では
髪を結う行為そのものに
意味がある事を、アルトは知らない。






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