満身創痍と表するのが的確であろう程に肩で息をし、切り立った山肌の僅かな足場に膝をつくマッシュ。対するバルガスは未だ余力を残した様子で冷ややかに弟弟子を眺めていた。


【一つの決意、歩む道】


じゃり、と音を立て足場を蹴りバルガスは跳躍し、勢いを乗せた拳をマッシュへと繰り出す。その一撃を受け流して、マッシュは一段下の足場へと飛び移り崩れた体勢を整える。後を追うように山肌を下り降りたバルガスが目にしたのは、呼気を整え真摯な瞳で自分を見るマッシュの姿。

「師が言っていた……必殺技だ……」

先程までの前羽の構えとは異なる、天地上下の構えをゆっくりととりマッシュは瞳を細めた。その瞳に宿る色は、愁い。纏う雰囲気の一変したマッシュを警戒して防御の姿勢をバルガスがとろうとした瞬間、マッシュは地を蹴りバルガスの眼前へと跳躍する。

「爆裂拳!」
「…うっ、ががががっ!!」

自分の気を拳に乗せ、凄まじい速さでマッシュは幾度となくバルガスの身体を打つ。防御の姿勢をとりきれず、受け流すことも出来なかったバルガスはよろめき、崖に手をついた。

「す、すでにその技を…!!」

憎い、悔しい、と苦渋に歪む表情から彼の思いがひしひしと伝わってきて、マッシュは眉を顰めてバルガスから顔を逸らす。思い返すのは、必殺技を教えて貰ったあの日の、師ダンカンの顔。

「あなたのその、おごりさえなければ…師は………」
「五月蝿い!俺が、…俺がお前などに……っ!?」

視線を外したマッシュに殴りかかろうと動いたバルガスの身体がぐらりと傾く。思った以上のダメージを受けていた身体は自らを支えきれず、切り立った崖が招くままに深い切れ間へと倒れ込む。

「バルガスっ!」

伸ばした手は虚しくも空を切り、バルガスの身体は谷底へと吸い込まれて行く。それになにより、意識はあるであろうバルガス自身が助かる気がない様子で抵抗する事無く、真っ直ぐにその姿は闇の中へと消え失せた。ただ何故かマッシュは、最後の最後で彼が自分に向かって皮肉げに笑ったような気がした。

「マッシュ!!」

こんな結果を望んだわけじゃない、と項垂れるマッシュに裾野から声が掛けられ、先程バルガスの攻撃から庇った人がいた事を思い返してマッシュはふと首を傾げる。名前は兎も角として、この胸の奥にじわりと染み込んでくる温かなもの。不思議な、だが覚えのある感覚にひとしきり首を捻ったマッシュは、はたと目を見開いて慌てて山肌を下る。

「兄貴?」

燦々と降り注ぐ太陽の光を縒り集めたような黄金の髪、静かな湖畔そのものの涼やかな蒼の瞳。訝しむような声音がマッシュの口から漏れたものの、纏う雰囲気が自分とは異なるだけの目の前の人物――エドガーは緩く頷いた。

「お…弟、双子の!?」
「お…弟さん?わ、私…てっきり大きな熊かと…」
「熊ァ!?」
「ティナ、それは流石に…」

エドガーには双子の弟がいるという事は知っていた、ロックとティナが素っ頓狂な声を上げる。アルトも驚くには驚いていたものの、ティナの発言に気を取られて突っ込みを入れる方を先決してしまったのだが、熊と言われた当の本人はさして気にしていないのか腰に手をあて豪快に笑っていた。

「熊か…そりゃあいい!
それより兄貴。いったい何だってこんなとこに…」
「サーベル山脈に行くところだ」

至極真面目な面持ちでエドガーは弟の問い掛けに手短に答える。その真剣そのものな兄の表情と言われた行き先に思い当たる節が有り、マッシュは合点がいったという顔で口を開く。

「もしや…地下組織リターナーの本部?とうとう動き出すか!陰ながら冷や冷やして眺めていたぜ。このままフィガロは帝国の犬としておとなしくしているのかってな」
「反撃のチャンスがきたんだ。もう爺や達の顔色を窺って帝国にベッタリすることもない」

やっと肩の荷が下ろせるよ、と言わんばかりの表情でエドガーは肩を竦めて苦笑する。帝国にへつらい国の存続を計るが良しとする大半の大臣達と、リターナーに組みし帝国に反旗を翻すべき、と意気込む一部の大臣と兵士達の間で板挟みになっていたエドガーの苦悩を間近で見てきたアルトにふっと安堵の色が浮かぶ。

「俺の技もお役に立てるかい?」
「来てくれるのか?マッシュよ……」

茶目っ気たっぷりにマッシュは片目を瞑ってエドガーに笑いかける。思いもよらない申し出に面食らった様子でエドガーは目を瞬かせ、それはそれは嬉しそうに破顔して笑みを浮かべた。

「俺の技が世界平和の役に立てばダンカン師匠も、うかばれるだろうぜ!」

意気揚々と語るマッシュと、それを頼もしそうに見ていたエドガーは、共に確信に満ちた瞳でお互いを見て頷きあって、ほぼ同じタイミングで口元に笑みを作る。そこには双子特有の、他の誰もが入り込めない深い絆が見てとれた。

「さ、行こう!」
「あ。ちょっと待ってくれ」
「………どうかしたのか?」

高らかに声を上げて意気込み新たに歩き出したロックを、マッシュが制止する。いや…その…と呟き悩むマッシュにエドガーが声を掛けるものの、考え込む彼には届いていないようで見兼ねたアルトが背伸びしてマッシュの肩を叩く。

「マシアスさん?」
「マッシュでいいよ。えっと…」
「俺、アルト。で、こっちはティナ。ついでにそっちのバンダナしてるのはロック」
「ついでって酷いなオイ」

手短に説明し、ぶつぶつと愚痴をこぼすロックを無視してアルトはマッシュに向き直る。何を考え込んでたんだ?と問えば彼は些か腑に落ちないという表情で少し柳眉を寄せて口を開いた。

「いや、その。俺って言ってるけど、お前……嬢ちゃんだろ?」
「は」
「…………違う、の?」
「っや!違くないけ、っど?! …あー……」

マッシュの問い掛けに絶句し、酷く困惑した表情でアルトは眼を泳がせる。そんな彼女の腕に手を添えて、ティナは上目遣い――それも若干の不安を孕んだ瞳で問い掛ける。その潤んだ瞳に動揺し弾かれたように言葉を口にしたアルトは、おそるおそるある一点に視線を向けて「やらかした…」と言わんばかりに手の平で目元を覆った。

「まじ、で……?」
「…………は、はは」

アルトの視界がとらえたもの。
それは、手にしていた荷物を取り落とし驚愕に目を見開いたロックと、酷く狼狽した様子で頭を抱えるエドガーの姿。

「二人ともどうしたの…?」
「いや、なんでもないよティナ……」
「ロックは…?」
「………気にしないでくれ…」

どうして二人がそんな状態になっているのか解らないティナだけが不思議そうに首を傾げ、マッシュは呆れたように苦笑する。そして原因のアルトは一人、諦めたように深い深い溜め息を吐くのであった。





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