時折視界を掠める人影を気にしながら、登り続けたコルツ山も中腹を過ぎ、山頂に差し掛かった頃。エドガー達一行は、一人の屈強な身体を持つ、些か理不尽な男に行く手を阻まれていた。


【阻む者、その思惑】


そよぐ風は心地よく、照る太陽は微かに夏の気配を孕み、爽やかな初夏の日差しを受けた、とても気持ちの良い日の筈だった。しかし現状の体感はその真逆で、眼前に立ちふさがる男は見た目からしてかなり、暑苦しかった。

「マッシュの手の者か?」
「何者だ!?」
「マッシュ? マッシュはいるのか?」

質問に質問を返してどうするよ…、とティナを背後に庇いながらアルトはそっと呆れたように肩をすくめる。しかし、エドガーとロック、二人のキツい視線を受けて尚、怯む事無く拮抗した視線をこちらにまで投げかけてくる男に、アルトは内心で焦りを覚えていた。

「さっきからうろちょろしていたのはお前だな?」
「知るか!」
「…っロック、離れろ!!」

人を見下したような態度に、腹を立てたらしいロックの訝しみを孕んだ問い掛けを、男は挑発と受け取ったのだろう。端的に答えた男がにんまりと残虐な笑みを浮かべたのを捉えて、アルトは反射的に叫んでいた。この男は敢えて“マッシュの手の者か”と聞いたに違いない。そうする理由は一つしかなく、アルトと同じく勘付いたらしいエドガーが、アルトとティナを庇うように二人の前へと一歩踏み出す。

「ふっ、貴様らが何者とて捕まるわけにはゆかん。このバルガスに出会った事を不運と思って死んでもらうぞ!!」

駆け出しながら叫んだ男――バルガスの言葉が風に捕らわれ消えるよりも早く、エドガーの眼前に胴着に包まれた膝が差し迫る。自身の後ろにはアルトとティナ。避ける選択肢など初っ端からなく、エドガーは素早く鞘から引き抜いた剣の腹でそれを受け止めるが勢いを殺しきれず、二歩後ろに後退った。

「ロック!」
「おう!」

エドガーの声が響くとほぼ同じくらいに、短剣を構えたロックがバルガスの背中に飛びかかる。背後から振り下ろされる短剣をバルガスは身を翻して避わし、ロックの攻撃をフェイント代わりにして左斜め下から斬り上げたエドガーの剣の軌道を見切り、半身を捻って振り上げた踵でその剣の腹を叩き打つ。

「オラ、オラ、どうした!」

そこに見えたのは、圧倒的な実力差。思わずアルトは生唾を飲み込んでいた。エドガーも、ロックも決して弱いわけではないというのに、二対一であるにも関わらず苦戦、それどころか圧されている事実に。

「何しようとしてんだ小娘ェ!」

加勢しようと魔法の詠唱を始めたティナを視界の端で捉えたバルガスが叫び、びくりとティナの肩が揺れる。やむを得ないか、とアルトが工具差付釘袋に引っ掛けてある砲身に手を伸ばした時、それは現れた。

「くまさん…」
「ちょ、ぼーっとしてる場合じゃないから!ティナ!!」
「あ、うん!」

大きな二頭の熊がアルトとティナ、エドガーとロックを分かつように間に陣取る。腹の底にまで響く唸り声をあげて威嚇してくる熊を気にしてか、落ち着かない様子でこちらを窺っていたエドガーと視線が交わったアルトは大丈夫だと言うように、ひとつ頷いてみせた。

「ティナ、魔法!」
「はい」

アルトの呼び掛けに応じるようにした返事と共に閉じた瞳をゆっくりと開けるにつれ、ティナの周りに不思議な気流が起こる。命を吹き込まれたように揺らめく大気がさざめいて、引き寄せられるように彼女の掌中へと集まり、仄かな光を放つ。

「ファイア」

不思議な響きを持つ声音がティナの口から紡がれるのとほぼ同じくして、彼女の手から放たれた小さな炎は地を走るように、滑るように真っ直ぐ熊へと向かって行く。動物の本能か否かは知れないが、たじろぐように慌てた熊へとそれは容赦なく襲い掛かり火柱を立てた。

「グォオオォオオ!!」
「アルト!」

火の粉を身体に纏わりつかせたまま、怒りくるった二頭の熊がアルトへと鋭い爪を振り上げる。悲鳴じみたティナの声が響き、手の平で顔を覆うのがアルトの視界の端に映った。

「大丈夫だよ、……むしろ悪いな、熊たち」

軽い身のこなしで二、三歩後ろへステップをしてアルトは熊の攻撃を避わす。大振りした爪が当たらず前のめりに体勢を崩した熊の、今し方自分を攻撃を仕掛けてきた腕に飛び乗りその背に移ると、アルトはティナのいる方向へと高く跳躍する。

「「これで終いだ!」」

バルガスと対峙していたロックの声と、空中で体勢を整えたアルトの声が重なった。猫のようにしなやかに身体の向きを反転させた彼女が構える例のバズーカから撃ち出された弾丸が、綺麗な弾道を描いて狙い澄ました通りに熊へと直撃し凄まじい爆音をたてる。爆風は殆ど無く、熊二匹をいとも簡単に倒した威力とは異なる周りへの被害に、アルトの攻撃による何らかの衝撃を想定していたバルガスは驚きに目を見開く。

その警戒の解けた一瞬の隙を逃さず、振り上げたロックの短刀が彼の、…――バルガスの利き腕へと傷を付けた。





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