数時間前まで居た街に再び訪れて。
殆ど着の身着の侭、おざなりな旅支度で城を出て来た二人を叱り飛ばして道具を買い揃えたアルトは思い出したように「あ、」と呟いた。


【旅支度は忘れずに】


「王様、金貸して!」
「………は?」
「2350ギル足りないんだよー」

回復薬や寝袋、テントなどを入れた道具袋の中身は半分ほど埋まっており、これ以上買う必要は無いと思われる。「何を買うんだ?」とエドガーが問えば、個人的な物なんだけど、とアルトは言いよどみながら懇願するような視線で訴えた。

「……品を、見てから決めようか」
「やった!王様ありがとう!!」
「どういたしまして。っておい、私はまだ貸してやると決めたわけじゃないんだぞ?」
「わかってるって!」

そうは答えているものの、嬉々とした表情を浮かべているアルトを見てエドガーは小さく息を吐く。あいつが城に帰れなくなったのは私の責任だしな、と胸中で一人ごちて先程確認した財布の中身を思い返す。なるべく多めに入れてきた筈だから大丈夫だと軽く頷いて、エドガーは道具袋の中身を確認しているロックに声をかけた。

「私がアルトの用事に付き合っている間、どうする?」
「あー…そうだな、ティナとアクセサリ屋でも覗いておくよ。必要だろ?」
「それもそうだな」

ロックの提案に一つ頷いて、無駄遣いはするなよ、と念を押しながら諸経費用の財布を手渡す。それなりの金額を入れてあった財布は道具を揃えた為に、既にかなり軽くなっていた。

「じゃあ1時間後に、酒場でいいか?」
「ああ」
「買い物、楽しんできなよティナ」
「うん」

好奇心いっぱい、と表現するのが的確であろう笑顔でティナは頷く。大変可愛らしいその姿を見、だらしなく頬を緩ませた男二人の脇腹を小突いたアルトは盛大に溜め息を吐いたのだった。

「ロック、小道にティナ連れ込んだらスパナで殴るからな」
「どこぞの王様じゃあるまいし、しないっつの」

こっそりとロックに耳打ちすれば、微苦笑気味に彼はそう返してくる。「ロックは紳士だもんなー」と釘を刺すようにアルトが言うと、その苦笑の色はより濃くなってぐしゃぐしゃと力任せに帽子の上から頭を手荒く撫でられた。

「お前たち、私をなんだと思ってるんだ…」
「まあ、そう気にするなエドガー」
「はぁ……」

深い溜め息を吐いて肩を落としたエドガーに、状況をちっとも理解していないティナが大丈夫?と声をかけた。それが原因で、エドガーの腹部に綺麗にスパナが決まろうなどと、一体誰が予測出来たであろう。
否、予測出来ない訳が、ない。

「ぐふっ」
「お ー さ まぁ?」
「わかったわかった…」

鎧の上からとは言え、ミスリル製のスパナの威力は相当なもので、流石に長い付き合いで幾分か慣れたとはいえ鈍い痛みが残っている。殴られた部分をさすりながら、エドガーはしぶしぶ肩を竦めると開き直った様子でアルトの耳元で「お前がそんなに気にかけるのなら、私は手を引こうじゃないか」と小さく呟いた。

「別にそうい」
「さて買い物に行くんだろうアルト。じゃあロック、ティナまた後ほど」
「あ、ああ」
「うん。………でも、あれ。アルト、大丈夫かな?」

首根っこを掴まれ、半ば引き摺られるようにエドガーに運ばれて行くアルトを見てティナはそう呟く。183cmとかなり大柄なエドガーに比べ、アルトはせいぜい160cm有るか無いか。体格差の所為で意味をなさない抵抗を繰り返すアルトを眺めて、ロックは静かに言葉を発した。

「……まぁ、大丈夫だろ」
「そう…。ならいいんだけど」

些か不安げな表情でアルト達をしばし眺めて続けていたティナだったが、ロックが二、三歩離れたところで待っているのに気付き慌てて駆け寄っていった。エドガーに引き摺れながら、それを眺めていたアルトは最早諦めたと言わんばかりの声音で呟いた。

「王様ぁ、行き先」
「いつものパーツ屋だろ」
「さっすが。わかってらっしゃるー」

おどけたようにアルトがそう言うと、服を掴んでいた手を離してエドガーは立ち止まりアルトを見下ろす。唐突に支えを失って地面に背中をしたたかに打ちつけ、顔をしかめたアルトは自分に向けられるエドガーの僅かに陰りを帯びた表情に気付き、目を見開いた。

「悪ぃ、ごめん」
「……いや、俺も悪かった」

差し出された手を取って、立ち上がったアルトは手早く服についた砂埃をはらい、肩を竦めつつ苦笑気味にエドガーを見上げて気にしてないよと笑いかける。そんなアルトを見て苦笑いを零して、エドガーはアルトの頭を軽く小突いた。

「なにすんのさ」
「いや、べつに?」
「……ったく」
「ほら、行くんだろう?」
「………おう」

すっかり普段と変わらぬ不敵な笑みを口元に浮かべ、踵を返し店屋に向かってさっさと歩き出したエドガーの背を追う。特段急ぐわけでも無く自分のペースで歩けば、先程まで前にあった背中は隣で面白おかしそうに笑っていた。

「お前なぁ」
「王様に歩調合わせるの面倒ー」
「普通逆だろう?」
「えー、俺の方が小さいのに?」
「本当に口の減らない奴め」


反論を繰り返すアルトに些か呆れながらもエドガーは楽しそうに笑い、それにつられてアルトも笑みを零す。さほど大きくない街並みだ。そうこうしている間に二人は目的の店へと辿り着いた。

「よおアルト!なんだ随分早いお戻りじゃねぇか」
「ちょっと手違いでさ、城帰れなくなっちって」
「ん?じゃあアレは要らねえのか?」
「いや要るし。ちょっと出してよ」

アルトに言われ、古臭いカウンターの下から店主が取り出したのは横幅30cm程の箱。見た目の大きさに似合わぬ重たい音がしたのをエドガーは聞きとり、自らもカウンター前へと足を進める。

「これ、か?随分とまた珍しいものを…」
「そそ。旅するなら特に欲しいじゃん?」

でかでかと“即席バズーカキット”と書かれた箱を見てエドガーはこれが随分と前に発売された限定品だという事を思い出す。即席と銘打っているにも関わらず、かなりのパーツ数と技術力を必要とする為に買った者ですら手付かずのままお蔵入りにしているとの噂の品だ。現にこの箱も古びてはいるが手を付けた様子は全く見られない。

「店主、これは幾らなんだ?」
「一万と7400ギルになりますぜ、旦那」
「…ふむ」

懐から財布を取り出して中身を確認してエドガーはアルトへと視線を向ける。どちらかと言えば小銭を持ち歩かない主義の彼の財布の中身はお札だけ。唐突にエドガーと視線が絡み、きょとんとした表情を見せたアルトにエドガーは苦笑した。

「アルト、2400ギルだけ自分で出せ。買ってやる」
「まじで?!やった、ありがと王様!」
「ちょ、待て。王様ってまさかフィガロお」
「……すまないが、内密に頼むよ」

咄嗟に伸ばされたエドガーの手の平で口をふさがれた店主は、神妙な面持ちで首を縦に振る。先程までアルトに向けていた表情とは一変して、冷たく湖畔のように静かな視線を投げかけてくる彼の顔立ちはそう、一度だけ見たことがある戴冠式の際に描かれたという肖像画の人物そのもの。今一度確認するかのような視線に応えるようにもう一度店主が首を振れば、口をふさいでいた手を外してエドガーは肩を竦めて口元に小さく笑みを浮かべた。

「…おっちゃんどうかした?」
「いんや、なんでもねえよ。つーか、お前は浮かれ過ぎだ。ほれさっさと金よこせ」
「へ?あ、うん」

不思議そうな表情のまま財布からお金を取り出しているアルトを眺めつつ、店主はほっと胸を撫で下ろす。先程の出来事すべてがアルトが視線を外しているうちに終わっていたという事実に、ひどく驚いたのだ。威圧感が消えた事に気付いてふと既にお金をカルトンの上に出し終え、会計が終わるのを待っている彼に視線をずらしてみれば先程の冷たい視線はどこにも無く、ただひたすらに優しい視線をアルトに向けているエドガーがそこにいた。

「(ああなんだ、そういうことかよ)…おいアルト、お連れさん待ってんぞ?」
「ちょいま…、あったぁ!」
「んー、17500のお預かりっと。ほれ釣り銭」
「さんきゅー。あ、中身だけ持ってっていい?箱とか包装邪魔なんでさ」
「………今回だけだかんな」

しかたねぇなと肩をすくめながら店主はアルトにさっさと箱を開けるように促す。中身が気になるらしいエドガーもカウンターに近寄ってきて、興味深そうに覗き込んでいた。

「……噂以上にパーツが多いな」
「だな。即席って名称、間違ってんだろ」
「…………そうかぁ?」

数百に及ぶであろうパーツを前にして怖じ気づく二人を尻目に、アルトは早速と小袋に手を伸ばして封を開ける。取り扱い説明書も設計図も見ずに手際よく組み立てて行くアルトに二人は揃って瞠目した。どうやら“即席”という名称はあながち嘘ではなく、固定用のネジやボルト、ピンの類いを一切用いずにパーツの合わせ方だけで熱量や発射時の圧に耐えうる構造になっているらしい。

「設計図も見ねぇで、ものの五分足らずでほとんど組み立てやがった…」
「まあアルトが設計図を見ないのはいつものことなのだが…」

惑うことなく組み立て続けるアルトを眺めながらエドガーと店主は口々に呟く。あまりの速さに二人が呆気にとられている間に、バランサのついた短筒状の砲身が一つと、短筒状の砲身にマガジンのセットされた基部、ショルダー部、取っ手、引き金、排気口の組み合わされたものが一つ。それに封を切っていないい小袋が一つ残ったところでアルトは忙しなく動かしていた手をようやく止めた。

「出来たっ!」
「「……………」」

短筒状の砲身のみを工具差付釘袋の中に入れ、基部の部分に小さく開いていた穴を錐でわずかに広げてチェーンを通して工具差付釘袋の金具に引っ掛け、アルトは満足そうに微笑む。余りの速さに開いた口が塞がらない状態だった店主が差し出された空き箱を受け取って、ようやく我に返ったのか嘆息の息を漏らした。

「やっぱお前すげーわ」
「そ?」
「ああ。いいもん見せてもらった礼に、オマケでこれやるよ」

そういって店主が奥から持ってきたのは、簡易解体キット。即席バズーカキットほどではないが、こちらも現在はプレミアがついている人気商品の初期生産版である。なにより最新版とは比べものにならない程、初期生産版だけは簡易とは名ばかりの高度な道具が揃っている品物だ。

「…いいのか?こんな高価な物を」
「ああ持ってけ持ってけ。それにアルトが使った方が道具も喜ぶだろ」
「さんきゅ!恩に着るぜ、おっちゃん!」
「気にすんなって。ま、これからもご贔屓に頼むぜ」

まいどありぃ!と元気すぎる店主の声に見送られパーツ屋を後にし談笑しながら元来た道を歩いていた二人。後で詳しく見せてくれないか、と頼むエドガーに快く了承した際にアルトが目にした時計により、そろそろ約束の一時間が経つことに気付いた二人は、ロックたちを待たせては悪いと足早に酒場へと向かうのだった。



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アルトのとくしゅコマンド
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