買い出しに出掛けた午前中。
よく晴れた空が、そこにはあった。
雲一つない空は美しかったけれど、どこか違和感を覚える程に澄み切っていた。


【それが始まりというやつで】


必要な部品を買い終え、サウスフィガロから帰って来てみれば、在るべき場所に城は無く魔導アーマー二機と、それに追われる三羽のチョコボが小さく見えた。

「………はぁ、」

呆れた様子で溜め息を一つ、腰につけた工具差付釘袋から取り出したあるものを手に、帽子をかぶり直して砂地の上を駆け出す。その間に魔導アーマーに回り込まれ、停止を余儀無くされたチョコボたちから降りた乗り手の姿を視界の片隅に捉えて、あからさまに嫌な顔で舌打ちをした。

「やっぱり、じゃねぇかよ」

身軽、と称するしかない程の跳躍で魔導アーマーを操縦する帝国兵の背後に音も無く着地を決め、手にした“それ”で迷い無く操縦者の後頭部に一撃を喰らわす。ドサッと気絶した帝国兵の体が操縦桿に倒れ込んだ音を聞き取ったもう一人の帝国兵が、何事だという表情で慌てて気絶させた帝国兵の操る魔導アーマーの方を向こうとしたのとほぼ同時。跳躍した勢いを殺さずに放たれた蹴りが、驚きに目を見開いた帝国兵の顔面へと綺麗に決まった。

「さて…と」

気絶した帝国兵を操縦席の端に寄せ置き、先程から手にしていたそれ――スパナと工具差付釘袋から更に取り出したドライバーで器用にも魔導アーマーを解体しだす。機体を支えるネジとボルトだけを上手い事外し、固定されていないとは到底思えないくらいに直立し続ける魔導アーマーからもう一機の方へと飛び移り、同じように解体した。

「つか、気付かないもんかねぇ…」

先程からずっと顔を寄せて密談を続ける二人を見下ろしながら再び溜め息を吐く。目の前で起きた出来事に呆然とした様子の少女の視線は帝国兵を殴りつけた辺りからずっと自分に注がれているというのに。

「(……内緒、な?)」

指先を口元に当てて、少女へと小さく笑いかける。その仕草に気付いたらしい彼女が一つ首を縦に動かしたのを確認して、アルトは大きく振りかぶった。

「あだっ」
「〜〜〜〜〜っ!」

軽装な男は物が当たった後頭部を押さえながら、素早くそれが飛んできた方向を向く。一方重厚な鎧を着込んだ男の方は、物が当たった部分を押さえて呻いていた。

「お、やっぱロックじゃん」
「やっぱり、じゃねぇよ!何投げつけてんだ!!」

足元に落ちていた操縦桿を拾い、軽装の男――ロックは声を張り上げる。そんな彼の様子を気にとめる事もなく、ほんの少し足に力を入れて魔導アーマーから跳躍し、もう一台の方を蹴りつけてからアルトは静かに砂地に着地する。直後魔導アーマー二機はバラバラと派手な音を立てて、ものの見事に分解されて崩れ落ちた。

「……アルト、あれほど工具を人に投げるなと」
「俺の存在に気付かないで、ロックと密談しっぱなしだった王様が悪いんだよ」
「そういう問題ではないだろう…」

自らの後頭部に当たったスパナをわざわざ拾い上げ、アルトに渡しながら重厚な鎧を着込んだ男――エドガーは溜め息を吐く。受け取ったそれを工具差付釘袋にしまいながら悪びれもなく言ってのけてアルトは、少女が乗るチョコボへと歩み寄ってその背に飛び乗った。

「放ったらかしててごめんなー?あ、俺アルトっての」
「ううん、大丈夫。私、ティナ。…それより貴方凄いのね」
「ん?」
「ほら、魔導アーマーが、ばらばら」

申し訳なさそうな表情をしたアルトに対し、翠の髪をした少女は微笑みながら残骸と化した魔導アーマーを指す。事の一部始終を見られていたのを思い出してアルトは気恥かしそうに頬を掻いて顔を逸らした。

「それに」
「あー。魔法のことだったら、気にしなくていいよ」

そう呟いてティナは顔を俯かせる。ほんの一瞬立ち上った炎のことを言おうとしているのだと感づいて、アルトはティナの頭を撫でて柔らかく笑って見せた。先程のロックやエドガーとは真逆の反応に、嬉しいような困ったような顔でティナは破顔した。

「アルト、それは一体どういうことだ」
「んー…秘密。フィガロに来る前の事は極力話したくねーし。それに、あからさまに驚いてた王様になんか教えてやらね」

そう呟いたアルトの表情は酷く冷めていて、特に何を言うでもなく手綱を引いてチョコボを走らせる。慌ててチョコボに飛び乗り、アルトが操るチョコボを追いかけながらエドガーは尚も声を張り上げて叫ぶ。

「しかし生まれつき魔導の力を持った人間などいない!それはお前も知っているだろう!?」
「……王様それさ、『前例がないから認めない』って言ってるのと一緒。現にティナは此処にいるんだし…って、泣くなティナ」

チョコボを急停止させて、アルトはティナの目尻に滲む涙を指先で拭う。宥めるように彼女の頭を撫でて幼子に言い聞かせるように“大丈夫、王様も悪気があるわけじゃない。だから泣かないでくれ”と耳元で囁く。

「……すまない」
「でも、私はどうすれば……」

不本意な言葉でティナを傷付けてしまった事を、心底申し訳なく思ったエドガーの口から謝罪が零れた。アルトとティナの乗るチョコボの脇にチョコボを停止させたエドガーの顔を眺め、すっかりしょげてしまった様子でティナがそう呟いた時だった。

「ヒーーーーくっそー!このかりは必ず返しますよ!」
「……誰、アレ」
「ケフカだ」
「ああそれで、城沈めたわけか。俺が買い出しに行った理由も忘れて」
「ブラボー フィガロ!大丈夫だ埋まりはしない!」
「俺が整備してんだから当前だろ!?代用品でもきっちり動作させるっつの!!」

魔導アーマーがやられるとは微塵も思っていなかったのであろうケフカの叫びを尻目に、アルトとエドガーは砂原に潜った城について話し出す。まるで漫才のような掛け合いに、ロックは「こりゃあ、いいや!」と声を立てて笑い、笑いを堪えているのかティナの肩は小さく震えていた。

「ロック!それにティナまで笑わないでくれないか」
「いや、だって面白すぎるだろ。臣下にあれだけ言われるなんてさ。エドガー、お前本当に王様なのか?」
「失礼な奴だな…。単に」
「俺の方が技術力が上ってだけっしょ。ねー、王様」
「………ああ」

嬉々としてエドガーが言おうとしていたと思われる台詞を奪ったアルトに視線を向け、もはや諦めているという表情でエドガーは呟いた。上下関係を微塵も感じさせず他愛ない会話を続ける二人を見て、ティナは小さく笑みを零す。――ナルシェで目が覚めてから触れた誰よりも、この人たちは温かい――そう思いながら、そっとアルトに背を預けた。

「そういえば王様にロック、ティナ連れて何処に行くつもりだったんだ?」
「お前も来るのか?!」
「城無いのに俺に此処で待ってろと?」
「……悪かった、そう怒らないでくれ。ティナ、リターナーの指導者バナンに会って欲しい」
「俺からも頼む。俺たちは地下組織リターナーのメンバーなんだ」
「リターナー…?」

適当にアルトをあしらって、咳払いを一つしたエドガーはティナに向けて至極真面目な顔で言葉を紡ぐ。聞き慣れない単語に疑問符を浮かべて首を傾げたティナに、アルトは現在の世界情勢を簡単に説明する。

「結局のところは魔導の力な。帝国に対抗する糸口になれば、って理由でティナを誘ってるわけ」
「そう…。アルトは…?」
「俺?」
「アルトは、自分の意志でついてくるの…?それとも、エドガーさんがいるから?お城も無いし…」
「…んー、これ以上帝国の所為で苦しむ人を見たくないってのが一番かな。王様と城は成り行きってことで」

成り行きとは酷いじゃないか、と笑うエドガーにしれっとして口答えをするアルト。その右手は先程からずっとチョコボの手綱を握ったまま、ティナの右手に添えられていた。指先から伝わるぬくもりとアルトが纏う優しい雰囲気。そして強い意志を持ったその瞳を見てティナはゆっくりと口を開いた。

「私…行きます」
「そうか!ありがとうティナ!」
「何か辛くなったら私に言いなさい。アルトは粗野なところがあるから」
「王様ナンパ禁止。あと俺イジメ反対!ティナ、王様の言うこと真面目に受け取らなくていいからな!!」
「う、うん…」

困った顔をするティナをロックが宥め、急に紳士振ったエドガーにアルトは大人気ないぜ王様、と噛み付く。
そんな感じで道中喧々囂々。
いっとき帝国に追われフィガロ城から逃げ出したとは思えない騒がしさを引き連れ、一行は南の洞窟を抜けた先にあるサウスフィガロを目指した。





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