切り立った山脈の一角に開いた洞窟に手を加え設立したのがここ――リターナー本部。頑丈な鉱石が形作る洞窟内を削り、ここまでの広さに仕上げるまでにどれだけの労力を要したのだろうか、とアルトは辺りを見渡しながらぼんやりと考えた。


【押し潰されそうな、心】


人ひとりが、ぎりぎり渡れる幅の一本橋。その橋下には5m程の溝があり、対岸には見張りが一人。アジトの入り口としては上々の出来。ロックの後ろに付いて内部に足を踏み入れれば、見張りがエドガーを見て声を発した。

「エドガー様! どうぞこちらへ」
「ああ、すまないな」

会釈を返し、エドガーは案内役を買って出た見張りの男の後ろについて行く。習うようにマッシュがその後ろを追い、不安げに柳眉を寄せるティナの手を取り笑いかけたアルトもまたゆっくりと歩き出す。

「ティナ、そんなに怯えなくて大丈夫だ。誰も取って食いやしないから」
「…う、うん」

手を引かれるままに一歩一歩奥へと進む度、顔色の悪くなるティナの肩を叩いてロックは努めて明るく笑いかける。何かを察しているのだろうアルトの冷たい視線がロックを射るが、彼はティナに気付かれないように小さく首を振るだけ。

「アルト…」
「ん?」
「ごめんなさい、なんでもない…」

言葉とは裏腹に、きゅ、と繋いだ手の平に力を込められて、アルトは苦笑する。期待と不安がない交ぜになったような、変に緊張感のある雰囲気を感じて酷く居心地が悪いのだろう。好奇の目も混ざっているのだから、尚更。

「傍にいるから、な?」
「……うん…!」

手を握り返して優しい笑みを作れば、ティナは目尻に涙を滲ませて頬をほころばせる。はた目から見ればそれは、仲の良い姉妹のようでロックは笑みの戻ったティナを眺めながら安息を漏らした。

「さあ、行こう。バナン様もお忙しい方なんだ」

エドガーと違ってな。と茶目っ気たっぷりにロックが笑えばティナは驚いたように目を見開いて、それから気付いた様子で満面の笑みを浮かべる。愛らしいティナの笑みにロックが照れたようにだらしなく頬を緩ませれば、音もなくその頭と脇腹に容赦のない鉄槌が下った。

「って!なにす」
「何一人でいい思いしてるんだロック」
「王様そこ突っ込みどころ違う」

顔を上げ恨めしそうにエドガーを睨み付けたロックの言葉を遮って、真面目な顔付きで何を言うかと思えば。とアルトは溜め息を零して思わず突っ込んでしまった手を戻す。

「お前だって手を出してたじゃあないか」
「俺は い い の 」

ティナに悪い虫がついたら困るだろ、とケラケラ笑ってアルトは言う。そのアルトの瞳は酷く愉しげで、言葉巧みな彼女に言い返す言葉の見付からないロックは拗ねたように唇を尖らせた。

「ほらほら、遊んでる場合じゃ無かったろー?」
「ぉわ」

唐突に頭の上に重みが加わって、アルトは思わず視線を上に上げる。ぽすりぽすりと、かなり弾力のあるアルトの帽子を軽く押して遊んでいるマッシュの手の平に、ひとつ、熱い視線が向いている事にこの時誰も気付いていなかったのだが。

「…あ、悪ぃ、ごめんマッシュ」
「いや、俺は別に。っとに、兄貴も混ざんないで止めてくれよな」
「あ、ああ、すまん…」

呆れた様子で息を吐いたマッシュに対し、エドガーはばつが悪そうに頬を掻く。どっちが兄なんだかわからなくなりそうな二人のやり取りにアルトとロックは肩を竦めて苦笑し、ティナはくすくすと笑みを零していた。

「おいマッシュ、お前の所為でティナにまで笑われてしまったじゃないか。どうしてくれる」
「そいつは言い掛かりじゃあないかい?」

恨めしそうに睨んでくるエドガーの視線を意に介せず、マッシュは飄々とした態度でとぼけてみせる。若干火花が散っているような、見慣れてしまった光景に類似した現状を、呆れた様子で眺めていたロックは二人の注意を引くべく手を叩いて盛大に溜め息を吐いた。

「……そこまでにしてくれ。バナン様も忙しい方だって知ってるだろう」

再会が嬉しいのもわかるしお前がこういうやり取りが好きなのも知ってるけど時と場合を選べよ王様だろうがエドガー!と一息も入れずにがなり上げたロックに驚いたのか、エドガーとマッシュはぱちくりと瞬きを繰り返しながら顔を見合わせた。

「なんとか言」
「すまない」
「悪かった」

あまりにも呆気なく二人に謝られてしまい、すっかり毒気を抜かれてしまったロックまでもが瞬きを繰り返すばかり。事の流れにさっぱり着いていけないティナが、繋いだままのアルトの手を引っ張って小首を傾げ、困った様子でアルトは苦く口元をひきつらせた。

「じゃあ、仕切り直して」
「…ああ。そうだな」

ロックとエドガーが頷き合い、和んでいた場の空気が水面に氷が張るようにじわじわと冷えていく。自分を取り巻く雰囲気が再び張り詰めたものに変わり始め、怯えたように震えたティナの肩にマッシュが手を乗せ、アルトは繋いだ手の平をティナの目の高さまで持ち上げて優しく微笑む。

「私、がんばる…」

そう呟いて、ティナは不安に揺れる瞳を一度閉じ、唇をひき結んで瞳を開け、決意したように頷く。それを確認し、ティナに一つ頷き返したロックはドアノブを捻り、重々しい扉を開けた。





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