アルトが女だと判明し、落ち着きを取り戻したロックがそれこそ決まり文句のように「俺が守ってやる!」と口にするまであれから五分。
しかしその言葉はアルトの「酔い潰れて俺に介抱されたことのある奴に言われたくねーよ」の台詞と呆れきった声音で一蹴され、ロックは苦笑混じりに普段と変わらず彼女の頭を撫で回したのだった。


【そして揺れうごく】


先頭にロック、その後ろをティナとアルト、最後尾にエドガーとマッシュ。十年振りの再会ということで、積もる話もあるだろうとの計いからこの並びで一行はコルツ山を降りていた。

「で、どうなんだい?兄貴」
「……なんの話だよ」
「アルトのこと」
「、っ!?」

兄の肩に腕を回して問い詰めれば、エドガーは酷くうろたえ微かに頬を染めてマッシュを軽く睨む。よもやこんな兄を目にすることになろうとは微塵も思っていなかったマッシュは、思いもよらないエドガーの変化にしたり顔でにんまりと口角を上げた。

「マッシュ!」
「さっきからずっとアルトの事、眼で追いかけてるから悪いんだろ」
「っ、な」

声を荒げたエドガーの額を突っついて、マッシュは追い討ちをかけるように言葉を運ぶ。ほらこっち見てるぜ、と言えばエドガーは一瞬にして体裁を繕い不思議そうにこちらを見ていたアルトに、なんでもないよと手を振る。その変わり身の速さ、流石王様というべきか。

「あーにきー」
「うるさい」

至極楽しげに笑うマッシュの腕を煩わしげに肩から外して、エドガーは溜め息を漏らす。親友、だと思っていた。……否、その思いに今も変わりはないのだけれど、アルトは全く悪くないというのに些か裏切られたような気分と、彼女が女性だという事実に酷く安心している自分がいる事。その相反する気持ちが、なんとも言えない居心地の悪さを生み出していて落ち着かない。

「  、なの…か…?」

誰に言うでもなく呟けば、その単語はコトン、と音を立てて自らの心の一角にすっぽりと収まる。ああなんて単純明快。思い返せばあれもこれもと心当たりは沢山あって、思わず立ち止まったエドガーは片手で顔を覆って天を仰ぐ。

「兄貴ー、立ち止まってると置いてかれるぜ」
「……ん?ああ、すまない」

そう返事をしたエドガーの顔は凄く晴れやかで、不安定にさざ波立っていた兄の心が落ち着いたのを感じとったマッシュは一瞬目を見開いて、それからゆっくり満足げに微笑む。

「王様ー!マッシュー!」
「はやくー!」
「置いてっちまうぞー!」

穏やかに笑い合う双子と先を歩くアルト、ティナ、ロックの間に開いた距離は約10m。エドガー達ががいる場所より一段低い所で上を見上げて手を振るティナに、手を振り返してから二人は一瞬視線を交わらせて山肌を駆け降りた。




*****




コルツ山を越えた先に広がる、山脈に挟まれ細長く広がる平原。この先がリターナー本部があるサーベル山脈なんだぜ、と説明しながら先頭を行くロック。彼の説明を興味津々といった様子で聞きながら、あれは?これは?と質問攻めにしているティナと律儀に彼女の質問に答えているアルト。そして一人、嬉々として襲いくる魔物を易々と薙ぎ倒して行くマッシュ。
……そんな彼らの後を追いながらエドガーは一人思案に暮れていた。

「(何事も、なければいいのだが……)」

事の発端は帝国――…甦りし魔導の力。戦争などと口にしておきながら、本当はそんなことを望んでいない自分。リターナーも、恐らく真意としては戦争をしたいわけではない、それ程までに帝国が脅威的なことに間違いはないのだが。
………そして“生まれながらに魔導の力を持つ娘”ティナと……気になるのは、アルトだ。

「さっきから何考え込んでんだよ?王様」
「、っ! なんだアルトか……」
「なんだ、ってなんなんだよーもー。本当に置いて行っちまうぜー?」

言われて顔を上げれば、先行くロック達は随分と遠いところにおり、エドガーは目を瞬かせる。それを見てアルトは呆れた様子で溜め息混じりに肩を竦めて、茫然と立っているエドガーの手を取り無遠慮にも歩き出す。

「おいアルト…!」
「だったらさっさと歩けっつーの。……それと、ティナの前でそんな顔絶対するなよ。不安に思うから」
「あ、ああ……」

若干不機嫌な雰囲気を纏わせ、歩みを止めず前を向いたまま呟いたアルトに、エドガーはやや困惑しながらも返事をする。先程からずっと気になっているのが、これだ。

「(ティナが、アルトが女性だと出会った当初から気付いていたのはまだいい。……しかし)」
「アルトー!エドガー!」

遠くで手を振るティナに手を振り返してアルトは顔をほころばせる。彼女を男だと勘違いしていた時は、ティナに惚れているのだろう、の一言で片付けられることだったのだが……と思いかけてエドガーは頭を振った。

「……なあ、アルト」
「んー?」
「…お前にとっての、ティナは、なんだ」

なるべく柔らかい声音を、と思ったにも関わらず口から発せられたのは酷く冷たい声。弾かれたように顔を上げたアルトは深く息を吐き、歩みを止めてエドガーに向き直る。その表情はどこか哀しげで。

「放っておけない。 ……それだけ、だよ」
「そう、か…」

彼女の深いエメラルド色の瞳が微かに揺らぎ、頼むから何も聞かないでくれ、と静かに語る。

「……ごめんな」
「いや、いいんだ。聞いて悪かった」

約束したのにな、と俯くアルトの肩に手を乗せてエドガーはばつが悪そうに笑う。それに、つられたのか、彼女が泣き出しそうなのを堪えて笑みをつくるものだから、エドガーがアルトを抱き締めたいという衝動に駆られてそれを抑え込むのに必死だったのは、此処だけの、秘密。

「そのうち、いや…もう、話さなきゃいけない日がきてるんだろうけどさ……」

どこか諦めたようにアルトは呟く。しかし、その口振りとは裏腹に「いつまでも逃げてはいらんねぇんだよな」という感情を忍ばせ、強く輝く彼女の瞳を見て、エドガーは安堵する。彼女を信頼して大丈夫だと告げる自分の心に従って問題ない、と。

「おー、さま?」
「なんでもない。ほら、置いてくぞ?」
「ちょ!? さっきまでそれ俺の台詞だったのに! おい、待てよ!!」

困惑するアルトをしり目にエドガーはロック達のいる場所へと向かって駆け出す。彼女が抱え込んでいるものを知らない今は、まだ、この距離感のままでいい。

ただ、一つの決意を胸に。





※ブラウザバックでお戻り下さい
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -