真上から照る太陽の光はとても穏やかで、ぽかぽかとした陽気の中では眠気に身をゆだねたくなってくる
今日もこの世界は平和だ。―――目の前の光景さえなければ

パン パン キィン パン

断続的な発砲音と金属音にアリスは思わず耳を塞ぐ
目の前では、ハートの城の宰相様と騎士様が撃ち合いを続けていた
最初は驚いたこの光景も今となっては「またやってるわ」ぐらいにしか思えなくて、段々とこの世界に順応してきている事に少し罪悪感を覚える
それにしても、最初は絶対にありえないと思っていたこの光景すら今は日常と化しているだなんて、慣れというものは本当に恐ろしい

「あぁもう本当にうっとおしい人ですね。潔く僕に撃たれて死んだらどうなんですか?」
「あははっ、ペーターさんったら面白いこと言うなぁ。俺、これぐらいで死ぬほどやわな鍛え方はしてないぜ? ペーターさん、もしかして手加減してる?」
「っ、死ね!」
「むきになっちゃって、可愛いなーペーターさんは」

話しながら撃ち合う姿に緊張感なんてものは全くこれっぽっちも感じられないことも、アリスの感覚を麻痺させるのに一役買っている
とにかく、全てが出鱈目なのだこの世界は。細かいことを気にするのに意味はない
パン、と銃声がなって、その後にそれをはじく金属音。跳弾がアリスが座っている場所の近くを通過していって、流石に肝が冷えた
今までボーっと傍観していたぶん、その衝撃は半端ない
よくよく考えれば距離は離れていようとも銃撃戦が見える場所にいる時点で流れ弾に当たる危険性は充分にある
いくらペーターがアリスに当たらない角度で撃とうとも跳弾まではコントロールしきれない
それすらも気付かないくらいに危機感の薄れた自分に危機感を抱いた
とにかく、このまま放置していればエースの命よりも先にアリスの命が危ない

「ペーター」
「はいっ!なんですか、アリス?」

声をかければ今まで撃ち合いをしていたことも忘れて駆け寄ってくるペーター
走るときにぴょこぴょこと耳が揺れて、それを可愛いと思ってしまう自分は本気でどうかしてる

「あんたたち二人とも、仲間なんでしょ? そうやって撃ち合ったりするのやめなさいよ」
「こんなやつと仲間とも思いたくないんですが……アリスがそう言うのなら」
「エース、あんたもよ。分かった?」
「んー…ただの訓練なんだけどなー……」
「実弾が飛び交うただの訓練ってないと思うわ。もしどっちかが死んじゃったらどうするの」
「だからこのぐらいじゃ死なないって。それに死んだとしても代わりはいるし。なー、ペーターさん?」
「まぁ、そうですけど。アリスが嫌がることなら僕はしません」
「ペーターさんってほんとアリス馬鹿だよなー。そこまでいくとちょっとウザイいだろ、アリス?」
「……死「ペーター!」

今にも拳銃を抜きそうになっているペーターを押しとどめて、へらへら笑うエースに「さっさと去れ」とアイコンタクトを送る
それを理解したのかどうかは分からないけれど、エースは「それじゃ、また会おうぜアリス。それにペーターさんも」と言って立ち去っていった

「どーして、あんたたちって毎回ああなわけ?」

撃ち合わない、と言ったもののその約束が守られる事はほぼない
現に約束ももうなんどしたか分からないぐらいにしているのだ

「そういうルールなんです。この世界の、ルール。僕たちはそれに従わなくちゃいけません」
「そのルールってのがよく分からないのよ、私には。出会って、殺しあうのがルールなわけ?」
「そういうものなんです」

言い切るペーターの目にごまかそうとする意思はなくて、本気でそう思ってるのがよく分かる
それでもアリスには、ルールというものを理解することは出来なかった

「自分の命ですら軽く扱うのがルールってものなの?」
「軽く扱ってるわけじゃないですよ。僕らは代わりのきく存在ですから」

にこり、と笑顔でペーターは言う
その笑顔には本当に無邪気なもので、じわりと目頭が熱くなるのが分かった
こんな事で泣くなんて、私らしくない
そう思うものの、涙は後から後から溢れてきて、止まらない

「!? ど、どうしたんですか、アリス!!」

アリスが泣いているのに気付いたペーターが慌てたように問いかける

「別に……なんでもないわ。ゴミが目に入っただけ…」

つまらない理由で泣いているのを気付かれたくなくて、嘘をつく
おろおろとするペーターは、普段と違ってとても可愛くて
けれどアリスのことを心配する言葉を吐くその口で、自分の存在を無価値だと言うのが無性に悲しくなった



(一瞬でも自覚してしまった感情を否定するのは、難しい)

(本当に、どうしてこんな奴を好きになってしまったのか)(自問自答をしても答えが出ないのはわかっているのだけど)