「ねぇ。何か、言い残すことはあるかい? おねーさん」
「…私をここまでしてくれたくせによく言うよ、出夢君」

ボタリ、ボタリ、と、赤い液体が地面に広がった。
普段と変わらない笑顔で紡がれた皮肉に、名前はこれまた不敵な笑顔で答える。
けれど、笑顔を浮かべる名前の片方の腕は根元からごっそりともぎ取られていて、そこから赤い液体がドロドロと流れ出している。

「だから僕言ったじゃん。おねーさんは僕より弱いんだから、絶っっっ対に僕の敵になっちゃだめだってさぁ。
なのになぁーんで僕の言うこと聞かないかなぁ」
「出夢君にはわかんないだろうけどね、人には譲れないものの一つや二つあるんだよ。何が起こるってわかっててもね」
「ぎゃははははは!! そりゃ僕にはわかんないっつーか、分かりたくもないってカンジなんだけどさ。おねーさん、」
「…何?」
「こぉーんな悠長に話してる暇あったりするんだ?」
「…実は、無い。
というか血が無くなりすぎて頭ふらふらするし傷口痛いし実際いつ死んでもおかしくない状況が今だったりするんだ。やばいかな、これ」

ふ、と名前の口調が軽いものに変わって、先ほどまでの険のある笑顔から普段の穏やかな笑顔へと、表情が変化した。
それと同時に周囲の空気からも、一触即発といった雰囲気が除かれる。

「で、おねーさん。言い残すことがあるなら心優しい出夢君が聞いてあげてもいいよ。ってね、ぎゃははははは!」
「心優しいって自分で言うか……。
んー…じゃあねぇ、とりあえず理澄ちゃんに『バイバイ、一緒に遊ぶ約束守れなくてごめんね』って伝えて」
「それで?」
「それで――……あー、会った時でいいから、
人識に『最後の最後まで1万円返さなかったなこのヤロー』って伝えて、ついでに1回顔面殴ってきて」
「おねーさんあんなヤツに1万も貸してたわけ? ぎゃははっ、じゃ本気で殴ってこよっかなー」
「もう、前歯吹っ飛ぶくらいの勢いでよろしくね」
「りょーかーいっ!」

笑顔で談笑する二人は、会話だけ聞けばただの友達同士の会話のようにも聞こえる。
それが普通と違うのは、回りに飛び散っている液体と、片方の片腕が千切れ飛んでいることだけだ。
グラリと突然、名前の身体が傾いだ。
地面に激突しそうになる体を咄嗟に出夢が支える。

「出夢君、ありがとー」

にへら、と力無く笑う名前に、出夢はなんともいえない感情を覚えた。

「あぁ、あとね」
「ん、」
「私、出夢君のこと好きだよ」

青白い表情で、笑顔のままで、名前はそう呟く。

「あのさぁ…おねーさん」
「ん、何?」
「フツー自分の腕もぎ取った相手にそんなこと言う?」
「…言わないね、うん」

心底呆れた風な出夢の言葉に、名前は少し考えて、真顔で返した。
そんなことをしている間にも、名前の身体からは熱がどんどん奪われていく。

「出夢君、後、最後に一つだけお願いしてもいいかな?」
「僕に叶えられることだったら別に良いよ、他ならぬおねーさんの頼みだしね、ぎゃははははは」
「そう、じゃあ出夢君。…私、出血多量なんて無様な死に方、したくないの。だから、ね」

名前は最後まで言葉を紡がなかった、が言わんとするところは出夢にすでに通じている。
まさか名前の口からそんな言葉を聞くとは思っていなかった出夢は驚いたように名前を見た。

「…便利屋 ( こーゆー仕事 ) なんてしてるから自分の望みどおりに死ぬことなんて無いと思ってた。だけど、出夢君のお陰で、叶うかもしれない…から
実はね、ちょっと憧れてたんだ。『せめて最期は貴方の手で』…ってやつ」
「……」
「この世で最期のお願い。…だから……ね?」

どこまでも穏やかな笑顔で呟かれた言葉には、どこか有無を言わせぬ力強さがある。
それでも出夢が動かないのを見て、名前は「時間が無いんだから」と急かした。
意を決したかの様に、出夢が片手を振り上げる。

「出夢、君。……有難う、…私、本当に、出夢君のこと…、好きなんだから、ね?」

自分が死ぬ原因となった相手に最期の最期まで笑顔を崩すことは無く。
自らがもたらしたもので、後悔なんてしていなくて、むしろ自分の手で殺せることに幾許かの安堵を感じないこともないというのに。
腕を、力強く振り下ろした瞬間に生まれたのは確かな悲しみで――

「ぎゃははっ…、ぎゃははははははははは!!」

赤い液体が地面を支配する空間で、出夢は高らかに哄笑しながら、静かに涙をこぼした。



(もう一度君と恋に落ちたい)(そうすれば僕は、今度は必ずこんな最期を迎えないようにするだろうに)