今まで1週間ほど音信不通だった人識は突然家にやってくると勝手に部屋に上がりこんで私にくっつきはじめた。

音信不通なんてよくあることだし、勝手に部屋に上がりこむのもよくある。そこまでは、まぁ許そう。
しかし、だ。べっとりくっつかれるというのは今現在必死でノートを写して居る私としては非常に迷惑。
というかこれ以上ないぐらいに邪魔だ。

「人識、ちょっと邪魔だから離れて…っつーか離れろや」
「なんだよ、1週間ぶりに会ったってーのに、淋しくなかったのかよ」
「あんたはいっつもくっつきすぎ。1週間ぐらい居ないのが丁度良いくらい」
「お前よく冷めてるって言われねぇ?」
「コレぐらいじゃないと殺人鬼と付きあおうだなんて気にはならないから」

私の言葉に人識は傑作だと言って笑って、私は笑わなかった。

「そういえばお前、まだ欠陥と付き合ってんの?」
「欠陥…? あぁ、いっくんのコトか」

脈絡もへったくれも無い質問に私は一瞬考えたが、
すぐに、同じ大学の死んだ魚の様な目をした本名不詳の彼に思い当たった。
そういえば、人識はいっくんのことを欠陥製品などという失礼極まりない呼び方で呼んでいたなぁ。
まぁいっくんもいっくんで人識のことを人間失格などと呼んでいたしお互い様か。
というかこの二人の場合どちらの呼び方も言い得て妙だと思うのは私だけだろうか、いや私だけではないだろう。(反語)
因みに今回の付き合って居るとは(勿論のことだが)恋仲という意味ではない。断じて違う。
ただたんに、交流がある、という意味だ。

「ん。まぁそこそこは。ってか今日もいっくんトコ行くし」
「は?なんでだよ」
「ノート借りたの。あの教授のつまらない講義をまともに聞いてんのはいっくんぐらいだけだから」
「何、授業中寝てんの?」
「いや、本読んでる」
「勉強しろよ」
「別に勉強したくて大学入ったわけじゃないし」

というか、それなりの学校ならまだしも、鹿鳴館大学に勉強したくて入った奴なんて少ないと思う。
まぁ、そんなことはどうでもいいことなんだけども。

人識と話しながらも、私は手を動かしていて、ようやくノートを写し終えた。
そして、今だ引っ付いている人識を、べり、と引き剥がす。

「ってぇ……何すんだよ」

引き剥がした力が思いのほか強かったようで、ぽい、と捨てられた人識の目は涙目だ。
きっ、と睨み付けられるものの、殺気が全く無いので全然恐ろしく無かったりする。(人識には言わないが)

「私、いっくんのトコ行くから。とりあえず家から出ろ」

私の言葉に人識は不満げな顔をし。た
だが私は仮にも殺人鬼を部屋においていく趣味は無い。
だから、出て行けと言ったのだが、どうやら人識はどこをどう間違えたのか勘違いをしたらしかった。

「あのさぁ、お前、俺と欠陥とじゃ、どっちが大切なわけ?」
「は?」

その質問に、私は暫し考える。

「…まぁ、大学生という面から見るとすればノートを見せてくれるいっくんという存在はかなりの勢いで重要なわけですけど?」
「じゃあ俺は?」
「友人と恋人は比べるもんじゃないでしょう」

私は本気でそう思っているのだが、人識は納得いかなかったようで、難しい顔で黙り込んでしまった。
人識を一応(実際意味無かったりするのだけれども)追い出さないからには家を出るわけには行かないので、私はいらいらしながら、人識を待つ。
数10秒後、人識は何かを思いついたかのように顔を上げると、私を手招きした。

「何?」
「いーから、こっちこいよ」
なんだか嫌な予感はするものの、私は素直に人識に近づく。

「…何?」
「座って、耳こっち」

人識の意図が分からないものの、取り敢えずしゃがみこんで耳を人識の口に寄せた。
いわゆる『内緒話』の体勢だ。

「んで、何?」
「…お前、変な所で素直だよな」

呆れるかのように言った人識の言葉を、どういうこと、と問おうとして口を開いたとき、チッと首筋に痛みが走る。
反射的に手をやると、首筋には鋭い、真新しい傷口が出来ていた。

「…人識クン。コレはどーゆーことかなぁ?」
「かはは、自分の物には名前を書いとけってな」
「…最っ悪」

手に持っていたノート(少々血が付着してしまったが、まぁ、いっくんのだから大丈夫だろう。何が大丈夫か知らないが)をテーブルの上において、
傷口を洗うために洗面所に向かう。
立ち上がった時に、ニヤニヤと笑いながら「舐めてやろーか?」といった人識が無性にむかついたのでとりあえず蹴っておいた。



(盗難紛失対策)