たとえばもしも、世界が明日でなくなるとしたら。

「世界が明日でなくなるとしたら――…か」
「むずかしいですねぇ…」
「だねぇ…」

一呼吸置いて、狭い四畳の部屋に満ちるのは二人分のため息(+α)だった。


「とりあえずさぁ、世界の消滅を体験したことがないからわかんないよねぇ」
「ですですよー。姫ちゃんもう考えすぎて脳がパンツ状態ですー」
「うーん…パンツじゃなくてパンクかなー?」

名前はそういいながら、手にもっていたシャーペンをくるくると回した。
一姫と名前の前にあるのは1枚のプリントと400字詰め原稿用紙2枚。
プリントには『作文テーマ:世界が明日でなくなるとしたら』という文字が書いてある。
つまりは作文の宿題であって、提出期限は明日。
名前と一姫はそんなぎりぎりの宿題を協力して終わらせるため、骨董アパートにある一姫の部屋に集まっていた。
が、作文系統は全くもって出来ない名前と、言語能力に問題がある一姫という面子では宿題が進むわけはない。
二人がこの宿題に手をつけて既に1時間半は経過しているが、
未だに最初の『もし世界が明日でなくなるとしたら、私は』までしか書けていなかった。

「それにしても…最近の高校は不思議な課題を出すものなんだね」
「…そー思うなら手伝ってくださいよー、いーさん」
「そーですよ師匠、師匠に少しでも紐の心があるなら手伝うべきです」
「それを言うなら人の心かなー?」

一姫のセリフにいちいちツッコミを入れながら、名前は戯言遣いのほうをちらりとみた。
彼は二人の抗議なんて全く気にせずに本を読んでいる。

「それは元々二人の宿題だろ?僕が手を貸したって二人のためにはならないよ」
「うわー、いーさんがまともな事言ってるー。でもその奥で面倒くさいっていう本音が見え見えだぁ」
「いや、これは本心だぜ?」
「嘘ですよ」
「本当だって」
「でも嘘じゃないですか」
「まぁ嘘だけどね」

やっぱり、名前はそう言って面倒そうにまたシャーペンを手に取った。
それから30分ほど1文字2文字書いては、気に入らなかったのか、消しゴムで消す。を繰り返す。
因みに一姫は早々にドロップアウト。今は名前の向かいですやすやと安らかなる寝息を立てていた。

「あーもうやだ!!知らない!!」

突然、名前はそう叫ぶとシャーペンを放り投げてごろんと畳に転がった。

「どれだけ考えたって思いつかないし、姫ちゃんは寝ちゃってるし、意地悪いーさんは手伝ってくれないし…
私はこのまま明日学校に行って先生にこてんぱんに怒られるんだ…。
それもこれも全ては全く手伝ってくれないいーさんのせいなんだ…
呪ってやる…百代末まで祟ってやるぅ……紫の鏡紫の鏡紫の鏡…」

そんな物騒なことを呟きながら、名前は恨めしそうに戯言遣いを見つめた。
そのまま二人はしばしの間見つめあう。
少しして、観念したかのように戯言遣いがため息を吐いた。

「いくら僕だって、こんなことで百代末まで祟られたくはないからな」
「手伝ってくれるんですね!有難うございますいーさん!やっぱり祟るのはなしにしときます!」
「そうしてくれるとありがたいよ」

そう言って、ぺらりと作文用紙を手にする。

「そもそもこういうのは『どれだけ教師受けする文章を書けるか』だから、適当に偉そうなことを書いていればいいんだよ」
「そんなのでいいんですか?」
「作文なんてのはそーゆーものさ、真面目に考えるほうが間違っている」

戯言遣いはそう断言すると、名前に作文用紙を渡した。

「僕に手伝えるのはこんなアドバイスを言うことだけだけどね」
「でも、参考にはなりますもん。ありがとーございます!」

名前は作文用紙を受け取ると、今までとは打って変わって、ものすごい勢いで字を書いていった。
そんな真剣な横顔を見て戯言遣いはぽつりと「素直なのは良いことだよな…」と呟く。

「何か言いました?」
「いや、何も。只の戯言さ」
「うわ、いーさんお得意の戯言が出た!さすが戯言遣い!」

名前はふざけた口調でそういうと、「出来たー!」と作文用紙を広げた。

「もう?早いね」
「いーさんがアドバイスしてくれたおかげですよ」
「ところで、何て書いたの?」
「じゃじゃーん!」

名前はそんな擬音語をいいつつ、作文用紙を戯言遣いに見せる。

「…………」
「どうです?いい感じでしょ!?世界平和!愛は地球を救うんです!!」
「いや…なかなか壮大だと思って」

呆れたように呟く戯言遣いの言葉にも、名前は普通に喜ぶ。
そんな姿を見て、可愛いな、と思ってしまった戯言遣いは「…ま……戯言か」と人知れず呟いた。



(今日一日世界平和)(でも彼女らしいといえば彼女らしいのだ)