「ねー、おねーさーん」
ドンドンドンドンドン。
「……」
「おねーさんってばー」
ドンドンドンドンドンドン!
「……」
「おーねーぇーさーん!!」
ドンドンドンドンドンドンドン!!
「……はぁ…」


昨日はレポートの提出日で、それを提出しないともう絶対に何の間違いもなく留年決定だったから、
真夜中までかかってレポートを仕上げた。(いーくんにもちょっと手伝ってもらったけど)(だって一人じゃ無理だったし)
そのせいで一昨日(あれ、昨日?)は一睡も出来なくて、だから今日大学も自主休学したし、ゆっくり寝ようと思ってたのに。
名前はそんなことを思いながらたちあがり、さっきからドンドンとうるさい(近所迷惑すぎる)ドアをゆっくりと開けた。
確認するまでも無かったことだけれど、外に居たのはやっぱり一切の疑いの余地もなく、想像通りの人物で、
緑色の髪をした殺人狂が、ドアの外に立って、あいたドアとそこから顔を覗かせた名前を嬉しそうに見ていた。
その身体はいつものように拘束衣に包まれている。
肩の部分が少し汚れて居るところを見る限りでは、どうやら彼は肩でドアを叩いていたようだ。
なんというかそこまでいくともうノックではなく体当たりの域に達していやしないだろうか。

「おねーさん、やーっと開けてくれた!」
「出夢、近所迷惑だから。………何の用?」
「おねーさんひどッ!!何か用がないと僕って来ちゃいけないワケ!?」

そう言って、ぎゃははははははと笑いながら、出夢は名前の家に上がりこむ。(勿論名前に了承なんかとってない)

「今日はぐーぜんコッチを通りかかったからさ。なーんとなくおねーさんの顔が見たくなって。
 って…ぎゃははははは!今日の僕って詩人!?かーっこいいいぃぃいいい!!」
「はいはい………」

出夢の前に珈琲の入ったカップを置きながら、名前は呆れたように出夢を見た。
名前個人としては匂宮兄妹―出夢と理澄―のことは嫌いではない。
寧ろなかなか好感を持っているといっても過言ではない、と思う。殺し名相手に好感もどうかと思うのだが。
が、時々このテンションにはついていけなくなるときがある。というかしょっちゅうだ。

「いやだなぁ、引かないでよおねーさん! 本当はちょーっと相談があるんだよねー」
「ん、何? 朝から叩き起こされた身としては下らない事だったら殴るよ」
「ぎゃははははははは!僕相手にそんなこと言うのおねーさんだけだよホント。ぎゃはははははははは!!!」

何が面白いのか、それから数分ほど出夢は笑い続けた。
これじゃあ折角コイツを家に入れたのに近所迷惑に変わりないじゃないか、とか、
さっさと用件終わらせて帰ってくれないかな。早く寝たいんだけど、とか、
比較的どうでも良いことを考えながら名前は出夢が笑い終わるのを待つ。

「んで、出夢君。おねーさんとしてはもうかなり疲れてるし早く寝たいからさっさと用件済ませてくれると助かるんだけどなぁ」
「だーかーらおねーさん怒らないでよ。そんで、相談ってーのはさぁ、僕…好きな子出来ちゃったみたいなんだよねー」
「………は?」

予想すらしてなかった相談に、名前は思わず間抜けな声を上げた。
いや、いくら殺し名で殺人狂でシスコンだからって出夢だって人間で男だ。(身体は女、だけど)
好きな子の一人や二人ぐらい居ても可笑しくはない。ないのだが……。
名前にはどうしても出夢が誰か女の子(イメージ的には理澄みたいな元気溌溂活発な子だ)と一緒に街を歩いているところが想像できなかった。

「コレが初恋って奴ぅ?もう僕、その子のこと考えると居ても立っても居られなくなってつい近くに居る奴を殺したくなっちゃうんだよねー」
「おい、それはヤバイだろう」
「だーいじょーぶだってー!だって僕ちゃぁーんと殺戮一時間は守ってるからさぁー」

そういう問題でも無い気はするが、あえて名前は突っ込まなかった。
ただ、脳内でその出夢に好かれてしまった不憫な少女(顔も名前も知らないが)に合掌しておく。

「で、私になんの相談が?」
「それがさぁー、僕ってばほら、女の子の身体じゃん?だから僕とその子がもし付き合っちゃったりなんかしちゃったら、世間的には問題アリ、見たいな?
 まー僕はそんなこと気にしないけどねー、ぎゃはははははははは!!」
「私としてはそれより他の事が世間的に問題有りだと思うけどね…」
「んでおねーさんはそーゆーのどう思うか聞ーてみよーと思ってさ」
「(シカトかよ…) …んーまあ私は……別にいいと思うけど」
「そーなの?」
「まーあれだよね。月並みだけどさ。本当に好きだったら性別なんて関係ないんじゃない?少なくとも私はそうだよ」

名前の言葉に、出夢は一瞬驚いた顔をしたが、それはみるみるうちに笑顔へと変わっていく。

「じゃあさ、おねーさん!」
「何?」
「僕、おねーさんのこと好きなんだけど」

「……は?」

本日二回目の間抜けな声。

「え?マジで?」
「ぎゃはははははは!僕が嘘つくわけないじゃん!」

楽しそうに言って、出夢はバンっと名前を床に押し倒した。

「で、おねーさん。返事は?」
「いや、アンタねぇ……まずこの体勢どーにかしよーよ。背中打って痛いのよ。
 というかアンタ女じゃん。これからどーしよーもないでしょ」
「愛に性別は関係ないんでしょ、おねーさん?」
「くっそミスった…」

名前は悔しそうにそう言う。
そんな名前を見て、出夢はまた笑い声をあげた。
そのまま、ベロリと名前の首筋を、常人より長い舌で舐める。

「ほらおねーさん、返事ちょーだいよ。このまま食べちゃっていいんなら僕はそれでもいいけどさぁー」
「それ半分脅迫じゃん……あー………嫌いじゃ、ない……かな?」
「ぎゃはははははは!おねーさんありがとー!!」

出夢の眩しいくらいの笑顔を見ながら、あぁ今日はゆっくりできそうもないな、とか実際取るに足らないことを名前はつらつらと考えた。



(笑顔の素敵な殺人狂)

(やっぱり家に上げるんじゃなかったとかかんがえなくもなかったけど)(まぁこの笑顔がみれただけでどうでもいいや、なんて)