「嫌です」

きっぱりと言い切ると、目の前の善法寺先輩は明らかに落胆したようだった。
その姿に私の良心がチクリと痛んだが、だからといってこれだけは譲れない。

「頼むよ、名前ちゃんしかいないんだ」
「無理です」

たとえ、その相手が兄の同級生で、私の憧れの人であろうとも。
「僕も困ってるんだよ」
「心中はお察ししますけど、本当に嫌なんです!」

滝夜叉丸のお見舞いに行くなんて、絶対にできっこない!

(だってそんなことしたらアイツ更に調子に乗るじゃん!)



滝夜叉丸が実習で珍しくへまをして保健室に運ばれたのはつい先日のこと。
幸いにも(というか、まぁ所詮は授業だし)傷も毒も軽いものだから、
一日休めば大丈夫だと新野先生のお墨付きも貰ったというのに。
奴は自分へのお見舞いがないという理由だけで保健室に居座り、善法寺先輩や新野先生に迷惑をかけているそうで。
とうとうしびれを切らした善法寺先輩は後輩とかに滝夜叉丸のお見舞いを頼んだけれど悉く断られ。
最終的に私に白羽の矢がたった、というわけだ。

「そもそも、どうして私なんですか?」
「名前ちゃんと滝夜叉丸は同学年だろ? それに仲良くしてるって聞いたからさ」
「は!? それ、誰にですか!」

聞き捨てならないセリフが聞こえた気がして、相手が善法寺先輩だということも忘れて思わず詰め寄ってしまう。
少し、いやかなり引かれたという自覚はあるけれど、今はそんな事が問題じゃない。

「いや、仙蔵がそう言って愚痴ってたけど。違うのかい?」
「っち、違います! あーもう、お兄ちゃんは一体どんな勘違いを…!」

ただでさえ滝夜叉丸とはよくペアを組むからか何かと誤解されがちで困っているというのに(女の子っていうのはコイバナが大好きだから)、
それがにんたまの方にまで広がっているなんて。
いや、まだ噂が広がるだけならいいけれど、憧れの先輩にまで誤解されているのは正直、辛い。

「じゃあ滝夜叉丸と付き合ってるっていうのは?」
「ありえませんっ!
そりゃ、他のくのたまと比べれば仲良くしてる方だと思いますけど、ほんとにただの友達ですから」
「そっか」

私の言葉に、善法寺先輩はどこか安心したように頷いて、

「それなら、まだ僕にもチャンスはあるってことだね」
「…へ?」
「変なこと頼んでごめんね。じゃあ」
「え、あ、ちょっ、」

にこりとした笑顔で吐かれた意味深なセリフに、私の頭が混乱しているうちに善法寺先輩は颯爽と去っていってしまった。
ぽつん、とその場に取り残されて、善法寺先輩の言ったことをゆっくりと頭の中で噛み砕く。
あのセリフは、つまりは、そーゆーことで、
ボッ、と一気に顔が熱くなったのは、きっと外の暑さだけが原因じゃないはずだ。



(自惚れてもいいんでしょうか)