ゆっくりと深呼吸をして、目を開く。視界に入ってくるのはきらきらと光る金髪そして少し童顔気味ではあるけれど整った顔。
予想外に顔が近かったことに驚いたけれど、意を決して口を開いた。

「わ、私…アーサーのことが……」
「…」
「す…す、…そのっ、…すっ…………んなこと言えるかっ!」
「うわぁっ!?」

衝動的に、手元にあったカップを目の前の顔に向かって投げる。
それを間一髪で避け、ぜえはあと荒い息をする私に向かって、アルは抗議の声を上げた。

「何をするんだい名前!ヒーローの俺じゃなかったら今頃大惨事だったんだぞ!」
「ご、ごめん。ちょっと我慢できなくなって…」
「全く、練習したいっていったのは君のほうなんだから」
「分かってるって。本当にごめん」

ぐちぐちと文句を言うアルに、私は素直に頭を下げる。
普段の私だったら一つや二つ言い返すのだけれど、告白の練習がしたいのだと無理を言ってアルを手伝わせてしまっている立場でそんな偉そうなことが出来るはずもない。
私が反論しないことに気を良くしたのか、アルはさらに言い募った。

「アーサーの代わりをするなんて本当はすっっっごく嫌だけど、名前の頼みだから仕方なくやってるのに…こんな扱い……」
「や、だからあれは条件反射で…」
「そもそも、なんで俺なんだい?」
「だってほら、見た目が似てるほうがいいかなって思って。髪の色も一緒だし」
「それならフランシスだってそうじゃないか!」

アーサーの代わりと言うのがよほど嫌なのか、アルはやけに食い下がってくる。

「…そりゃそうだけど。フランシスにこんなこと頼んだら見返りになに要求されるか…想像するだけで恐ろしい」

ふっと脳裏にフランシスのによによとした顔が浮かんで、身震いをする。
アルもそれが伝わったのか、ぶるりと大げさな動作で身体を震わせると「あー…ごめん今のは俺が悪かったよ」と呟いた。

「というか、告白なんて練習するものじゃないだろう?普通に言えば良いじゃないか」

2人してフランシスのいやらしい笑顔を思い出して空気が重くなっているのを吹き飛ばすように、アルが明るめの声で話題を変える。

「簡単に言えたら誰も苦労しない」
「なんでだい?好きだなんてたった三文字で終わる言葉じゃないか」
「だーかーら、誰しもがアルみたいに直球勝負できるわけじゃないってこと」
「ふーん…そーゆーものなのかい?」
「そーゆーものなの」
「君もアーサーも、素直じゃないんだね」
「なんで私達限定なのよ」

むすっとした顔で聞くと、アーサーは悪びれもせずに「だってそのとおりじゃないか」と答えた。
まあ実際その通りなので反駁も出来ない。

「まぁいいや、早く練習を終わらせよう!俺、もうお腹がぺこぺこなんだぞ!」
「分かったごめん。じゃあ後一回だけね」

そう告げて、アルと再び向きあう。
自分の前にいるのはアーサーなんだと心の中で言い聞かせながら、考えまくった告白セリフを口にした。

「わ、わたっ……私ね、」
「…」
「……私、はっ…、あんたのことが……すっ…すす、す……っ……好きなの!」

言い切った!と思った瞬間に、ゴンッという鈍い音が扉の外から聞こえてきて、私は驚きのあまりに文字通り飛び上がる。
アルのほうを見ると彼も驚いたように目をぱちくりとさせていた。
恐る恐る「…誰?」と声をかけてみる。すると、少しの間を持って、ドアがゆっくりと開いていった。

「…お前ら……その、…そーゆー関係だったんだな…」
「「アーサー!?」」

顔を真っ赤にしながら部屋の中に入ってきた人物はアーサーで、2人して心底驚いてしまう。
間の悪い所に間の悪いタイミングで訪れたアーサーは(誤解ではあるものの)告白の現場に居合わせてしまったわけで、それは気まずそうにしていた。

「ちょ、なんでアーサーがここにいるの!?」
「いや、お前ん家に用があって来て見たら玄関の鍵が開いてたから」
「それで勝手に入ってきたの!?馬っ鹿じゃないの!?」
「馬鹿じゃねーよ!一応声をかけたけど返事が無くて、心配…っじゃなくて無用心だから注意しようと思っただけだろ!」
「だからってドアの外で盗み聞きするとかあんた変態!?」
「べっ、別に盗み聞きするつもりはなかったんだ!だれが好き好んで他人の告白現場なんか聞きたがるかよ!」

アーサーのその一言で、ヒートアップしていた口喧嘩がぴたりと止んだ。
そういえば、なんてことを聞かれてしまったのかと今更ながらに後悔する。
アーサーもアーサーで、自分の言ったこと自分でショックを受けたらしく、一気に場の空気がどんよりとしたものに変わった。

「あ、その…わ、悪かったな。それじゃ、俺は邪魔者みたいだし……」
「ちょ、待って!」

私達から目を逸らして部屋から出て行こうとしたアーサーを私は慌てて呼び止めた。
ここでアーサーを帰してしまってはいけない気がする。
けれどこの状況をどう説明すれば誤解が解けるというんだろう。

「?」
「あ、えっと、これは違くて、」
「違うって何がだ?」
「や、だから、その」
「…なんでもないんなら俺は帰る」

その言葉通り、本当に帰ろうとするアーサーを引き止めておきたくて、私はとんでもないことを口走ってしまった。

「っ私が好きなのはアルじゃなくてアーサーなの!」
「…は?」

ぽかんとしたアーサーの顔が目に入ったけれど、頭に血が上ってしまった私にはそんなこと関係ない。

「だから、私が好きなのはアーサーで、今のはアルに告白の練習台になってもらっただけ!」
「…え、そうなのか…?」

アーサーが今まで成り行きを見守っていたアルに目線を向ける。アルはその疑問に答えるように大きく頷いた。

「じゃ、じゃあつまり、お前が好きなのは」
「アーサーだって言ってるでしょ!」

半ばキレ気味にそう答えると、アーサーはあからさまに安堵したように深く息を吐き、次の瞬間には怒鳴りつけてきた。

「お前っ、妙な誤解させんなよな馬鹿!」
「馬鹿って、アーサーが勝手に誤解したんじゃん!」
「あれで誤解しない奴なんかいるわけないだろ!」
「ってゆーか、アーサーは私のことどう思ってるのよ!?」
「そんなの、俺だって好きに決まってんだろ!」
「っ!?」

アーサーの声が妙に静かな部屋に響いた。
ようやく自分が言ったことを理解し始めたのか、アーサーはみるみるうちに真っ赤になっていく。
それにつられるように、私の顔も赤くなっていくのが分かった。

「まぁ、とにかく2人とも無事にくっついて本当によかった!」

ふいに今まで無言だったアルが口を開き、私達は揃ってアルのほうを見た。

「2人とも両思いなのはバレバレだったのに全然くっつかないから皆心配してたんだぞ!」
「み、皆?」
「皆って誰…」
「皆は皆だろう?菊とかー、フランシスとかー、マシューとかー」

共通の知り合いの名を指折り数えて行くアルに、自分の気持ちが周囲に丸分かりだったことに対しての恥ずかしさが湧き上がる。
アーサーもまさか自分達がそんな目で見られていたとは知らなかったようで、顔を俯かせて恥ずかしさからか怒りからかプルプルと震えている。

「とにかく、今日は折角だからぱーっとパーティーでもしようじゃないか!ケーキは俺が用意するからアーサーと名前は場所の確保を頼む!」
「「でっ、出ていけこの馬鹿ぁぁあああっ!」」

ハハハと明るく笑うアルに、私とアーサーは同時に怒声を飛ばしていた。



(知らぬは本人ばかりなり?)