縁側で菊さんと二人並んでお茶を飲んでいるときほど幸せを感じるときは無い。
太陽の暖かな日差しの下、湯飲みに入った緑茶をずずずと啜る。
最初は苦いだけで苦手だったこのお茶も、慣れてしまえば美味しいとさえ思えてくるもので。
それを嬉しく思うと同時に、慣れてしまえるほどに菊さんの家に入り浸っているという事実に苦笑した。

「どうしました?」
「いえ、別になんでもないんです。…それより、今日もいい天気ですね」
「ええ、そうですね」

ふわり、菊さんが微笑んで、つられて私も笑ってしまう。
ぷあーという間の抜けた音と一緒に焼き芋を売る声が外から聞こえて、もう秋なんだなぁと実感する。
それは菊さんも一緒のようで、「焼き芋ですか…。もうすっかり秋になりましたね」と言っていた。
次第に小さくなっていく音を聞きながら、ふと子供の頃のことを思い出す。

「焼き芋、昔は走って追いかけてはお小遣いはたいて買ってました。懐かしいなー」
「そうなんですか」
「はい。だから焼き芋屋の音聞くとどうしてもお腹空いちゃって」
「おや、それでは今は大丈夫なんですか?」

どこかからかうような口調で菊さんが言う。

「だ、大丈夫ですよっ」

そう言った私の言葉に被るようにぐぅ、とおなかが鳴った。
菊さんは驚いたように目を丸くさせたけれど、
すぐにふっと笑って「お茶菓子でも持ってきましょうか」と言うとよっこらせ、と言って立ち上がる。

「や、いいです大丈夫です! おかまいなく!」
「丁度、名前さんに食べていただきたいと思っていたものがあるんですよ」
「あ、じゃ、じゃあ私が持ってきますから!」
「名前さんはお客様なんですから、座っていてください」
「あ、はい……」

慌てて立ち上がろうとするのをやんわりと制されて、仕方なく縁側に座りなおした。
なんだか冷静に押し切られた気がする…なんて思いながら、手持ち無沙汰にもう一度緑茶を啜った。


「お待たせしました」

程なくしてかえってきた菊さんの持つお盆には、とても可愛らしい和菓子が載っていた。

「わぁ…! 可愛いですね」

そう言って、一口大のそれをひとつ口に運ぶ。
ほんのりとした甘みが口中に広がって、自然と私の頬は綻んでいた。

「いかがですか?」
「すっごく美味しいです!」

菊さんの問いかけに、素直にそう答える。

「そんなに褒めていただくと、なんだか照れてしまいますね」
「え。ってことはこれ、…菊さんが作ったんですか!?」

驚いて、お盆に乗った和菓子をしげしげと見つめてしまう。
前々から器用だとは思ってたけど、まさかこれほどまでとは……。

「はぁー…すごいですねぇ…」
「たいしたことではありませんよ」

菊さんはそう謙遜するけれど、和菓子の出来は商品として売られていても可笑しくないぐらいだ。

「でも、喜んでいただけたようで良かったです。まだまだたくさんあるので、好きなだけ食べてください」
「良いんですか? こんなに美味しいのに私だけが食べちゃって」
「勿論です。名前さんのために作ったんですから」
「へ?」

思わず聞き返した私の目に、菊さんの笑顔が映る。

「どうしました?」
「な、なんでもないですっ、お言葉に甘えていっぱいいただきますねっ…!」

嬉しさと恥ずかしさを誤魔化すように口に入れた和菓子は、今さっき食べたものよりも甘く感じた。



(幸せの味)