ごくごくごくごくごく。
グラスに注がれたワインを一気飲みして、次々とボトルを空けていく名前をフランシスは半ば呆れながら見つめた。

「おかわり!」
「ちょっと飲みすぎじゃないか?」
「うるっさいわね。さっさと持ってこないとその髭全部引っこ抜くわよ!」
「ちょ、この髭はお兄さんのチャームポイントなんだからやめて!」
「なーにがお兄さんよこの万年色情魔。いいから早く!」
「はいはい、分かりましたよっと」

そう言って奥の部屋へと消えたフランシスは、程なくしてワインボトルではなく水を持って帰って来た。

「今日はもうワインは駄目だ。じゃないと明日がきついぞ」

名前の不満気な視線に気付いたフランシスが、名前の頭を優しく叩きながら言う。

「むー…」
「我侭言わない」
「わかったわよ…」

不服そうにしながらも、名前は大人しく水を受け取った。

「で、アーサーとなんかあったのか?」
「…」

名前が落ち着いたのを見て、フランシスは気になっていたことを聞く。
返事は無かったものの、これはなにかあったな、と確信した。

「ほら、悩みがあるならお兄さんが聞いてあげるから、なんでも言ってみな」
「別に何も…」
「顔に出てるんだよ。名前は昔っからなんでもため込むタイプだからお兄さんは心配してるんだぞ?」
「……フランシス…」
「どうした?」
「………顔が近いんだけど」
「ん?そうか?」
「そうか?じゃなくてっ……だから顔を近づけてくるなぁあ!!」
「いいじゃないか、お兄さんと名前の仲だろー?」
「どんな仲よ!? っていうか、ほんと、やめっ…!」

徐々に近づいてくるフランシスの顔をどうにか押しのけようとしてみるけれど、酔っていることも手伝って上手く力が入らない。
このままだと本当にやばい…!
名前が本気で焦りだしたとき、バターン!とドアが開いた。

「名前!お前何フランシスのところなんかに来……って何やってんだお前らぁぁああぁあ!」

鼻息荒く部屋に入ってきたアーサーは名前に迫るフランシスに気付くと慌てて二人を引き剥がした。

「フランシス、お前何してやがる!」
「何って、ただのスキンシップだろー」
「ただのスキンシップであそこまで顔近づける必要あるのかよ!?」
「フランス流だよ。ま、アーサーみたいなセンスのない奴には理解できないだろうけどな」
「俺だってそんなの理解したくねーよ!」

ぎゃあぎゃあといつものような喧嘩を始めた二人に名前の生温い視線が容赦なく降り注ぐ。
それに気付いたアーサーは自分が一体何をしにここまで来たのか思い出して、ぐい、と名前の腕を引いた。

「あーもう!帰るぞ名前」
「嫌よ、なんでアーサーと帰らなきゃいけないの」

まさかそう返されるとは思ってもいなかったのだろう、アーサーが驚いた顔で名前の方を振り向く。

「お前まだ怒ってんのか」

アーサーのその言葉に、名前の脳内で何かがきれる音がした。

「まだって何?

いっつもいっつも仕事で約束はすっぽかすし、久しぶりに会えたっていうのに口を開けばアルがどうだとかフランシスがどうだとか、
そんなくっだらないことばっかだし私をほったらかして妖精さんたちとお話始めるし飯を作ればまずいのしか作らないし。
そんなの全部私が我慢しなくちゃいけないなんて間違ってると思うの!」

酔いの勢いも手伝って、いままでため込んでいた鬱憤を全て口に出し、どこか晴れやかな顔をしている名前。

「とにかく、私今日はフェリの所いくから。帰るなら勝手に帰れば?
それじゃあね。…あ、フランシス、ワインありがとう。今度何かお礼しに来るから」

それだけ言うと、名前は素早く手荷物をまとめてフランシスの家を後にした。
名前の言葉に驚いて、硬直してしまっていたアーサーはフランシスに、
「おい、いいのか?」といわれようやく我に返り、慌てて名前の後を追う。
先に出たとはいえ、酔っている名前と素面のアーサーでは勿論アーサーの方が早い。
すぐに名前の後ろ姿を見つけたアーサーは、名前を呼び止めた。

「その、…俺が悪かった。機嫌、直してくれないか…?」

今にも泣きそうな表情で言われた言葉に、名前はふっと頬を緩ませる。

「…明日、ずっと一緒にいてくれるなら許してあげてもいいよ」
「明日か。……分かった」
「よろしい」

アーサーがしっかり頷いたのを確認して、名前はにっこりと笑ってそういった。

「でも、今度約束破ったりしたら、……本気で、許さないん…だか、ら……」
「うおっ!?」

言い終わるが早いか、名前の体がぐらりと傾ぐ。
驚いてその身体を支えれば、よい潰れてしまったのか、名前からはすうすうという規則正しい寝息が聞こえるだけだった。

「……本当に、ごめんな」

アーサーは名前の額に軽く口付けてそう呟いた。



(幸せの内に目を瞑る)



次の日
「頭痛い……気持ち悪い…」
「お前、昨日どんだけ飲んだんだよ…」
「覚えてない………うぇ……」
「ほら、これでも飲んどけ」
「二日酔いの薬…、アーサーってこんなの飲んでたっけ?」
「べ、別にこれはお前のために今朝買ってきたわけじゃなくて、俺のためだからな!」
「…ありがと、アーサー」
「だからこれは俺のためだから別にお礼を言われることじゃ無いって言ってるだろ!」
「照れなくていいよー」
「別に照れてねぇよばか!」