父が経営している映画館に最近すごく格好いい人がレイトショーを見に来るの、と母親が年甲斐もなく騒いでいた。
そんな母に呆れはするものの、私だって女の子であって、『すごく格好良い人』というのがどんな人なのか少しくらいは気になるというのが本音で。
普段は決して入れさせてはもらえない映画館の受付に我侭を言って入れさせてもらったのは、仕方のないことだ。
最近じゃ少なくなった個人経営の映画館、しかもレイトショーというだけあってお客さんは数えるほどしかいない。
上映時間も間近に迫ってきていて、今日は来ないかもしれないと多少がっかりしながら、カウンターの下で見えないように携帯を弄っているとふと手元が陰になった。
これが最後のお客さんかもなぁ、と思いつつ営業スマイルで顔を上げ、相手の顔を見た瞬間に笑顔が一瞬で凍りついた。

「「…え、」」

私も驚いたが相手も大分驚いたようで、普段では見られないようなぽかんとした表情をしている。

「えっと、…仁王君、だよね?」
「…そういうお前さんは、苗字さんじゃな?」

母の言う『すごく格好良い人』というのは、同じクラスの仁王君だった。
仁王君は有名だから私でも知っているけれど、クラスでもそんなに目立つほうではない(と思う)私を仁王君が知っていたことに二重に驚きながら、声をかける。

「仁王君、こんなところで何してるの?」
「それはこっちのセリフなんじゃけど」
「ここ、私のお父さんが経営してるの」
「ほー、そうじゃったんか。それは知らんかったの」

ほうほう、と仁王君は納得しているけれど、私の質問をスルーされては困る。

「っていうか、私の質問に答えてもらってないんだけど」
「それじゃ逆に聞くが、お前さんは映画を見る以外に映画館に行ったりせんじゃろ?」
「言われてみれば…、あ、でも今やってるのはレイトショーだよ?中学生は保護者居ないのにレイトショーは見れません」

そこの注意書きにだって書いてるよ、と言って壁に貼られた注意書きを指差した。
それを見た仁王君は「おお、こんなものがあったとは知らんかったのう」なんて言って驚くそぶりを見せたけれど、中学生が一人でレイトショーを見れないことなんて常識だし、その態度は絶対嘘に決まっている。

「とにかく、仁王君にチケットは売れないよ」
「同級生の誼でひとつ、そこをなんとかならんか」
「なりません」
「なんじゃ、冷たいのう」

口を尖らせて分かりやすく拗ねている仁王君の姿に心が揺らぐ。格好良い人は拗ねる姿も様になるからずるい。

「そりゃ、見せてあげたいのはやまやまだけど…お父さんにばれたら私が怒られるんだよ?」
「ばれたらってことは、ばれんかったら問題無いってことじゃ」
「えー…、そりゃそうかもしれないけど…」
「じゃろ?それじゃあこれは俺と苗字さんだけの秘密って事で」

そういいながら、財布からお金を取り出した仁王君に、条件反射でチケットを渡してしまった。

「ありがとさん。そんじゃ、苗字さんまた後で」
「え、あ、うん。楽しんできてね」

チケットをもってひらひらと手を振った仁王君に控えめに手を振り返すと、仁王君はそのまま劇場のほうへと歩き去っていく。
なんだか上手くはぐらかされてしまった感じがするけれど、そんなことよりもささやかではあるけれど仁王君と二人だけの秘密を持ってしまったことの方が私の中では重大だ。
今まで、クラスメイトという以外はなんの接点もない、アイドルのような雲の上のそんざいだった仁王君と話せた上にそんなことまで出来るなんて思っても見なかった。
きっかけを作ってくれたミーハーな母に心中で感謝しつつ、映画が終わって仁王君が出てきたら勇気を出して声をかけてみようかなぁ。なんて考えると、思わず頬が緩んだ。



(ときめいたりするお年頃)

(そうだ、なんで私の名前を知っていたのか聞いてみようかな)(ああ、早く時間が経てばいいのに!)