やばいやばいやばいやばい。
脳が必死で警告を、警鐘を、警報を鳴らす。
全身からどくどくと嫌な感じの音が聞こえた。
少し考えて、ああコレは私の鼓動だと気付く
しかしそれよりもなによりも今の私が考えなくてはいけないことは、この状況から如何にして逃亡するか、ということである。
この、まさに絶体絶命と言う状況から。


そんな私の周りには、どこからどう見ても、カタギには見えない、明らかにアッチ側の人たちが数人で私を囲んでいる。
今まで善良な一市民として生きてきたというのに、何故私がこんな目にあっているのだろうか。
男達は口々に何か言っているが、いかんせん早口すぎて私には聞き取れない。
若しくは、恐怖が私の聴覚を麻痺させて、意図的に聞こえないようにしているのかもしれない。
まあどちらにしろ、相手にとってはどうでもいいことなのだろう。
いつまで経っても何もアクションを見せない私にイラつき始めたのか、男達の包囲網がジリジリと狭まっている。
ああ、我が人生でも1位2位を争う致命的危機だ、本当にヤバイ。
どうにかして逃げたいものの、何故だか相手の包囲網には一部の隙すら見あたらない。
こういうところを見ると、相手もプロなのかも知れない。
いやしかし、それでも私にはそんな人たちに狙われる覚えなんて全くこれっぽっちも無い。
しかし、何で私なんだ。他にも人間は掃いて捨てるほどいるじゃないか。
何でよりによって今まで善良に生きてきた私が狙われてるんだ。これでは不公平じゃないか。
そんな理不尽な怒りが頭をよぎったが、私はすぐに現実へと舞い戻ってきた。
今重要なことはこれからどうするか、ということだ。実際どうにもなりそうにないのだが。
そんなことを考えている間にも、男達はあと数メートルというところまで近づいてきていた。
もう駄目だ、そう思って目を瞑る。

「…………?」

しかし何時まで経っても相手は何もしてこない。
恐る恐る片目を開けると、そこには男達はいなかった。
代わりにいたのは、一人の男。
その男は首から大きなペンダントをさげ(多分何かがモチーフなんだろうが、私にはいまいちなんなのか分からない)、
高級そうな黒いスーツに身を包んでいる。

この男もどこからどうみても、カタギの人間には見えなかった。
なんで今日はこんなにも非日常が私の元に訪れるのだろうか、何かの厄日なのかもしれない。
とりあえず、助けてもらったということで間違いは無いのだろう
私はお礼を言うことにした。

「えと、あの、ありがとうございました」

ぺこりと頭をさげてもう一度相手をしっかりと見る。
なかなか、格好良い顔をしていた。
この人は一体誰なのだろう。
いや、普通の人間でないことは確かなのだけど。
どくんと、今までとは違う感じで心臓が鳴って、気付けば私は脇目もふらず走り出していた。
いやだいやだいやだ、私は何よりも日常が好きなのに。
誰かも分からない、非日常に、一目惚れを、してしまったかもしれないだなんて。

自分の中に溢れ出た感情や、今さっき助けてくれた男から逃げるかのように、私は走り続けた。



(逃げて逃げて逃げて、見えなくなるまで逃げ切って!)(捕まれば一貫の終り。もう元には戻れない)