いつものように「エルフ!」というマスターの呼びかけに応え、姿を現す。
どこか泣きそうな顔をしたマスターは、オレを見るなり安心したように表情を明るくさせた。
マスターがそんな顔するなんて珍しいと思いつつ、「どうしたんだ?」と聞くものの、
それに対するマスターの返事は「う…ん、えっと……」と要領を得ない。
普段と全然違うマスターの様子に、だんだん不安になる。
まさか、オレの知らないうちに誰かに傷つけられたか、そうじゃなきゃ具合が悪いとか…!?
どんどん悪い方向に向い始めたオレの想像を、マスターの一言が打ち砕いた。

「……あのね、別にたいした用ってわけじゃないんだけどさ。…一人だとちょっと怖くて」
「…怖い?」

マスターは随分前から一人暮らしをしてるというのに、どうして突然怖いなんて…と考えたオレの視界に、
マスターが今まで読んでいたであろう本の表紙が入った。
黒い背景に赤い文字で書かれた『都市伝説』という字を見ただけで、内容は簡単に想像できる。

「……まさか、これのせいか?」
「べっ、別にそういうわけじゃ…」
「マスター?」
「うっ……。…だ、だって、気になったんだから仕方ないでしょ!」

傍にあった本を拾い上げて、半ば確信を持って聞くと、マスターの視線が泳ぐ。
更に少し強い口調で問いかければ、マスターからは開き直った答えが返ってきた。

「怖くなるぐらいなら読まなきゃいいだろ」
「折角借りてきたんだから読まないと勿体無いじゃない」
「まず借りてくること自体間違ってるんじゃないか?」
「それは、そうだけどさー…」

反論の余地はないらしく、マスターは不満気に口を尖らせる。

「ふーんだ、どうせエルフは私の言うことなんて聞いてくれないんでしょ。
もういいわよ、私は一人で怖い思いをしながら夜をすごすんだから」

完全に拗ねてしまったらしく、そう言ったきりマスターは目を合わせようともしない。

「マスター」
「何よ」
「オレは別に嫌だなんて言ってないだろ」

不機嫌そうなマスターの腕を取り、忠誠を誓うかのようにその指先に口付ける。

「エ、エルフ!?」
「マスターがそう望むならオレはずっと一緒に居るから、安心しろ」

オレの行動にただ目を丸くしていたマスターは、その言葉に嬉しそうに微笑んだ。



(どこまでも)



「ねぇエルフ、今のもう一回やってくれない?」
「嫌だ」
「えー、ケチ。いいじゃない減るもんじゃないんだし」
「オレが恥ずかしいんだ」


素敵企画に提出させて頂きました