一日の仕事が終わって、疲れた身体を引きずりながら遊星たちと住む家へたどり着いた私は、なぜか行われていた宴会にただ呆れるしか出来なかった。
部屋中がアルコール臭い。そして五月蝿い。皆の出来上がりっぷりから見ても、たった今飲み始めたわけじゃないことは明白だ。
人が働いてるときに何してんだといらつきながら、ただいまと声をかける。

「なにこれ、なんで皆飲んでるの」
「俺の配達先のおっさんがくれたんだよ、いつも世話になってるからって。お前も飲むか?」
「飲まないよ」

何が楽しいのか知らないがけらけら笑っているクロウの誘いをぴしゃりと断る。
皆がお酒を飲んでいる所は初めてみたけれど、クロウはどうやら笑い上戸なんだなと一人納得しながら、私は辺りを見回した。
ジャックは完全に酔い潰れてしまっているのかテーブルの上で完全に突っ伏してしまっている。
ブルーノはなぜだか自分の工具に一生懸命話かけているのだが傍からみたら怪しいことこの上ない。
まともな人間は居ないのかと絶望しそうになったときに、ふいにぱちりと遊星と目が合った。
いつもクールな遊星は、少し顔は赤らんでいるもののあからさまによっているような雰囲気は出していない。
普段通りに見える遊星に内心で安堵していると、その遊星に声をかけられた。

「名前、クロウと話してなんかいないでこっちに来てくれないか」
「…へっ?」

なにかいま、遊星らしからぬ台詞が聞こえた気がする。
驚いて硬直してしまった私にしびれを切らしたのか、遊星はおもむろに立ち上がるとぐいっと私を引き寄せた。

「えっ、ほんとに遊星?」
「ああ」
「酔ってる…よね?」
「酔っていない」

私の中のイメージと違いすぎる行動に思わず本人かと確認を取ってしまう。
彼自身は否定しているけれど、他の皆より分かりやすくないだけで、遊星も立派に酔っ払ってしまっているようだった。
私の顔をじっと見つめながら、遊星はなぜか私の腕を確かめるかのようにぎゅっぎゅっと握りだす。

「あの、遊星?一体何を?」
「君は本当に名前なんだな?」
「え、あ、うん。私は名前だけども」
「…そうか」

酔っ払いの意味不明な行動についていけない私を他所に、私の手を握るのをやめた遊星の手はなぜか手首にまで這い上がっていた。
なんだかとても嫌な予感がする。
やんわりと離れようとしても私を掴む手は力強く、とてもじゃないけど振りほどけそうにない。
困り果てて遊星の顔をみると、彼は完全に目が据わっていた。

「ちょ、遊星?」
「名前」
「あ、の、ちょっと…、顔が近っ……!」

抗議しようとした口を、生暖かいものに塞がれた。
何が起こったのかを理解するよりも前に、目と鼻のさきの距離にある遊星の顔に驚いて、渾身の力でもがくと意外とあっさり遊星は私から離れてくれた。
口の中に残ったアルコール臭に頭がくらくらする。…もしかしたら、それだけが原因じゃないのかもしれないけど。

「なっ…、ちょ、…何すんの!?」
「キスだが」
「そういうことを聞いてるわけじゃないの!!」

しれっとした顔で答えた遊星に苛立ちが募る。
酔った上の蛮行にしても、これはいくらなんでもやりすぎだ。

「いくら酔ってるっていったって、やっていいことと悪いことがあるんだけど?」
「俺は酔っていないし、決してその場の軽い気持ちでキスしたわけじゃない」
「そんな赤い顔で酔ってないとか言われても説得力の欠片もない!軽い気持ちじゃなきゃなんだっていうのよ」
「名前が好きだからだ」
「え…!?」

突然の告白に、何か言おうと思っても上手く言葉が出てこず、私は金魚みたいに口をぱくぱくさせることしか出来なかった。
混乱する私をよそに遊星は言いたいことを言ってすっきりした表情をしているし、今まで事態を静観していたクロウはひゅーひゅーなんて囃し立てるし、
ブルーノはブルーノでぱちぱちと拍手しながら「おめでとう、遊星、名前!」なんてまとはずれなことを言っている(一体どの辺りから見てたんだこいつは)。

「あんたたちね、悪酔いするのもいい加減にしなさいよ!」
「悪酔いなんてしていない」
「酔ってなきゃ人前であんなことするキャラじゃないでしょ遊星は!」
「いーじゃねーか。どーせお前ら両思いだろ?」
「ち、がっ!」
「…違うのか?」
「や、違わな……って何言わせようとしてるのよ!」

反射的に否定した私に、遊星が眉をハの字にして今にも泣きそうな声で問いかける。
普段は見られないあまりにも可愛いしぐさに思わず本音をこぼしそうになったことに気づいて、慌てて話を逸らそうとするけれど、それすらも面白いのかクロウはゲラゲラ笑いながら私の肩を叩いてきた。

「なんだよ、ほんとのことなんだから照れんなって!」
「別に照れてるわけじゃ…!」
「でも名前顔真っ赤だよ?」
「うっさいブルーノ!!」

余計な口を出してきたブルーノを怒鳴ったものの、私もこの酔っ払い達同様に顔が赤くなっているであろうことはなんとなく予想がつく。
ただし私は酒を一口も口にしていないわけで、その赤みがアルコールのせいではないことも、きちんと理解している。

「あー、もうっ!!」

こんなカオスな集団にいるのに私一人が素面でからかわれ続けている事に耐え切れなくなって、私はおもむろに近くにあった酒をひっつかむとそれを一気に呷った。



(酔い潰れて忘れたい)



翌朝、頭の鈍い痛みで私は目を覚ました。
むくりと起き上がると、辺りには酒の缶やらつまみやらが散乱していて、まさしく惨状といってもいいだろう。

「名前、おきたのか」
「……遊星、おはよ」
「ああ」

二日酔いでひどい顔をしているであろう私に比べて遊星は涼しい顔で、水の入れたコップを差し出してくれた。

「あ、ありがと」

お礼をいって水を受け取る。遊星を見ると昨日の記憶がまざまざと甦ってきて、恥ずかしさに遊星の顔を直視することが出来なかった。

「そうだ、名前」
「ど、どうしたの、遊星?」
「昨日のことなんだが、」
「!?」

その言葉に体がびくりと反応した。ああどうしよう恥ずかしすぎる。一人で再び顔を赤くし始めた私に向かって、遊星は衝撃的な一言を投げかけた。

「昨日、俺は何かしただろうか」
「…は?」
「クロウがもらってきた酒を飲んだことまでは覚えているんだが、それから先の記憶があやふやなんだ。まさか君に迷惑をかけたりはしてないだろうか」
「………」

首を傾げる遊星に私はがっくりと脱力する。
人のことをさんざん振り回しておきながら何を言っているんだと思わないでも無いけれど、それを言うとあの恥ずかしい出来事を話さなければならなくなるだろう。
それだけは阻止したくて、私はぎこちなく笑顔を作ると首を横に振った。

「…ううん、何もなかったよ」
「そうか、なら良いんだ」
「………はぁ」