「…!」

霞がかった頭の、どこか遠いところで誰かが怒鳴っている声が聞こえる。

「…い、……いる…だ!」
「んー…」

うるさいなぁ、なんて考えながらごろりと寝返りを打った。

「き…、……と……きろ!」

けど、この声、何処かで聞いたことがある気がする。
だんだんと目覚め始めた頭をどうにか回転させて、何処で聞いたのかを思い出そうとした。
この高圧的で無駄に偉そうな口調は確か……、

「おい!いい加減起きろ。この俺をいつまで待たせるつもりだ!」
「……!?」

声の主に思い当たるのと同時に、一気に覚醒まで引っ張り上げられる。
がばりとものすごい勢いで起き上がると、そこには満足そうに踏ん反りかえったジャックが立っていた。

「ふん、ようやく起きたか」
「え、…ジャック……?」
「なんだ、まだ寝ているのか。俺がジャック・アトラス以外の何者に見える」
「いや、ジャックにしかみえないけど……え、ええ!?」

寝起きで上手く働かない思考を最大限に使ってこの状況を理解しようと努めたけれど、その努力はあえなく失敗に終わってしまった。
ただ一つ分かることは、此処は私の部屋で何故かジャックが侵入してきているということだけである。
その事実を脳が認識したのと同時に、私はあらんかぎりの大声で叫んだ。

「こっ……この変態!!!」
「変態とはなんだ!」

私のセリフに憤慨したかのようにジャックが怒鳴る。
まぁ、知り合い相手に変態はなかなか酷いかもしれないと思うけれど、今回はそんなこといっている場合じゃない。

「っなんでアンタがここにいるのよ!っていうかそもそも鍵を渡した覚えはないんだけど!」
「キングたる俺に出来ぬことなどない!」
「はぁ!?なにそれどういう意味…、」

ジャックを問い詰めようとしたときに、ふと脳内に鍵がないのにこの男はどうやって家に入ってきたのだろうという疑問がよぎる。
それと同時にとても嫌な予感が全身を襲って、私はジャックを無視して猛然と玄関の状態を確認しに行った。
そこで私が目にしたのは、きっと容赦なく蹴破られたのであろう、無残な姿となってしまった玄関扉だった。
思わずへにゃりと脱力してしまう。いくら安アパートだからといってたった一人に蹴破られる扉というのは大丈夫なんだろうかといかにも場違いな考えが浮かぶ。
そんな私の心中を代弁するかのように、後からついてきていたらしいジャックは
「年頃の女が住むにしてはセキュリティに問題があるのではないか?」
と声をかけてきた。

そもそも蹴破ったのはどこのどいつだと突っ込みたいものの、そんな気力すら湧かない。
修理代と修理が終わるまでのホテル代はクロウあたりにでも請求しておこう、と心の中で呟いて、
私は肩をがっくりと落としながら「…で、結局あんたは何をしにきたの」とジャックに声をかけた。
しかし、何時までたってもジャックはその疑問に答えようとしない。
不思議に思って顔をジャックのほうへ向けると、何故か奴は頬を若干赤らめながら顔を背けていた。

「…なんで照れてんの」
「照れてなどいない!」
「いやいや、どう見ても照れてるんですが。顔赤いよ」
「貴様の目の錯覚だ! …べっ、別に用事があったわけではない」
「はぁ!?」

心底呆れきった声が飛び出す。
そんな私をジャックは不満気に一瞥すると、再び顔を逸らした。

「ただ、……貴様の顔が見たくなった。………それだけだ」

その言葉に、今にも口から零れ落ちそうになっていた文句の数々が溶けてなくなっていく。
聞こえてきた情報を回転の遅い頭がゆっくりと咀嚼し、その意味を理解した途端に緩みそうになった顔を叱咤した。

「とりあえず、さぁ」
「…なんだ」
「朝ごはん、私は食べるけど。……一緒に食べる?」
「…貴様が、どうしてもというなら、食べてやらんこともない」

普段ならむかついているであろうその尊大な物言いも、今だったら許せるような気がした(ああもう!こんなの私らしくない!)



(王者?いいえ、ただの自己中男です)



「…まぁ、デレたら許されるってわけじゃないし、分かってると思うけど修理代はきっちりいただくからね」
「(デレ…?)あんな簡単に壊れる玄関が悪いのではないか」
「いーや、壊したほうが悪い。請求は後でクロウに渡しとくからきっちり怒られなさいこのニートめ!」
「くっ…!」
「それで、あんたは今日一日私に付き合う事!いいわね?」
「…っ!? ま、まぁ、貴様がそこまで言うなら仕方ない。このキングの懐の深さに感謝するんだな!」
「(あー…やっぱむかつくかもしれない)」