モニターへと向かい、休むことなくキーボードを叩き続ける姿を横目に見て、私は小さく息をはいた。
少しでも息抜きになれば、と思って煎れたコーヒーも口をつけられることなく冷めていく。

「兄サマ、最近すごく忙しいんだ。全然休んでないみたいだけど、俺には手伝わせてくれないし…」

そういって悲しそうに目を伏せたモクバくんの姿を思い出した。
可愛い弟になんて顔させてんのよ瀬人の馬鹿!とまではさすがに本人に言えないので心の中に留めておいたけれど、心配なのは私だって一緒。
だからこそ、なにか手助けが出来ればと瀬人のところまで出向いたというのに、
結局この部屋にきて私がしたことといえば飲まれもしないコーヒーを煎れたことと瀬人に何度か話しかけてその大半を無視されたことぐらいだ。

「ねぇ、瀬人。何か私にできることってある?」
「ないな」
「即答!?」

間髪いれずに返ってきた答えに驚いていると、当然だろう。と鼻で笑われてしまう。

「ちょっと待ってよ少しぐらい考えてくれたって良いじゃない!」
「…貴様は、自分に俺の仕事を手伝えるほどの知識があると思っているのか?」

呆れたような声音で問いかけられ、その馬鹿にした態度にカチンときたものの瀬人の言っている事は正しいので反論も出来ない。
それでもこのまま引き下がるわけにはいかないと、私は更に言い募った。

「そりゃ難しいことなんかさっぱりわからないけど、例えばほら、書類の整理とかだったら私にでも出来るでしょ」
「そのような些事は全て他の者にやらせている」
「だから、その仕事を私がすれば、その人たちがもっと別の仕事が出来るじゃない。そうすれば瀬人の仕事もちょっとは減ってくれるんじゃないかなって」

一向に引こうとしない私に業を煮やしたのか、瀬人はようやく作業の手を止めて私のほうを向いた…かと思えばその口から飛び出したのは疑惑の篭った台詞だった。

「それで、貴様は一体何を企んでいる」
「た、企むとかなにその言い様…!」
「貴様が殊勝な態度をしている理由などそれ以外に考えられん」
「むっかつくぅうううう!なにその決め付け!」
「事実だろう。さあ、吐け」

私の怒りなど歯牙にもかけない瀬人はどこまでも上から目線に加え強硬で、こうなってしまってはもう私が折れるしかないだろう。

「別に何も企んでないって。ただ、ほら、最近見るからに忙しそうだし?ちょっと気になっただけ」
「俺は責任ある立場についている。忙しいのは当たり前だろう」
「でも、ずっと根つめて仕事してるといつか倒れちゃうかもよ? 少し休んだほうがいいって…一応、心配してるの、一応ね!」

その気持ちに偽りや打算があったわけではないけれど、やはり本人を前に伝えるのは気恥ずかしくて、つい語尾を強調してしまう。
けれど瀬人相手ではそんな強がりも無意味なものでしかなかったようで、しばしの沈黙の後つむがれた言葉は瀬人にしては随分穏やかな声音だった。

「俺の仕事を貴様に分けることはできん。…だが、貴様がそこまで何かしたいというのであれば明日も此処に来い」
「え? でも私、結局今日も何もできてないし、邪魔しちゃっただけじゃない?」
「ふん……貴様のくだらん話でも気晴らし程度には役に立つということだ」

私の言葉に自虐的な響きを感じ取ったのか、瀬人は「だから、貴様は何も気にするな」と続けた。
それを純粋に嬉しいと思う反面、それだけでは何の解決にもなっていないのに、とも思う。
プライドも責任感も人一倍強い瀬人からしてみれば、これでも譲歩したうちなんだとなんとなく理解している。
けれど、それは私からしてみれば、決して踏み込むことのできない線を一方的に引かれているようにも感じられてしまう。
それを踏み越えれば嫌われてしまうんじゃないかと思うとほんの少しの勇気すら出せない臆病な自分でも、
いつか瀬人を本当の意味で助けられるようになりたいと強く願った。



(一緒に背負いたいのに、隣に並んでいたいのに、あなたはそれを許してはくれない)(ならばせめて、あなたをひと時でも癒すことが出来ますように)