ふいに漏れそうになった欠伸を、名前はぐっとかみ殺した。
時計を見ると針は既に午前1時を指していて、そろそろ眠らないと明日が大変だろうということは簡単に予測できる。
それでも、名前は眠気を払うように軽く頭を振って、目元をごしごしと手でこすった。

「眠いんなら寝りゃいーじゃねぇか」

一連の動作を見ていたバクラがそう声をかける。

「バクラはまだ起きてるんでしょ? なら私だって寝ない」
「オレ様は別に寝なくても困りゃしねぇが、テメェは困るだろうがよ」

困る、というのは学校の授業の事を指しているのだろう。
バクラの言葉に、名前は顔をしかめて
「別に、私だってこれくらい大丈夫よ」
と言った。
バクラがハン!と鼻で笑う。

「いっつも授業中に寝てる奴のセリフとは思えねぇな」
「ちょ、なんでそんなこと知ってるのよ!」
「あんだけ堂々と寝てりゃ誰だって気付く」
「っていうか、気付いてたなら起こしてくれたっていいじゃない!」
「気持ち良さそうに寝てたから起こすのも悪ぃと思ってな」

気遣いの言葉のようにも聞こえるが、それを発した本人はにやにやとした笑みを顔に浮かべており、明らかに名前をからかっている。

「最っ悪…!」
「ヒャハハハハハ! 見られるのが嫌ならさっさと寝るんだな」
「それも嫌」

即答した名前にバクラは怪訝な視線を送る。
それに気付いたのか、名前は小さい子供に言い聞かせるかのような口調で
「あのね、バクラ。一日は24時間しかないのよ?」と言った。

「なに当たり前のこと言ってやがる」
「だーかーら、たったそれだけしかないのにすぐに寝ちゃうなんて勿体無いじゃない!」
「はぁ!?」

ビシっと人差し指を立て高らかに宣言した名前に対して、バクラは心底呆れたという表情をしている。
あからさまに大きくため息を吐くと、独り言のようにぽつりと呟いた。

「大層な理由でもあるのかと思ったらそんな事かよ…。
前々から馬鹿じゃねぇのかとは思ってたが、まさかここまで馬鹿だとは思わなかったぜ」
「なっ…! 馬鹿じゃないわよ馬鹿じゃ!
私の中では重大な事なの!」

バクラの言い方にムッとしたのか、名前が反論する。
その言葉にバクラは再び聞こえよがしに「ハァ…」とため息を吐いた。

「気付いてねぇみてぇだから教えてやるが、テメェ酷い顔してんだよ」

「言っとくが、顔のつくりのことじゃねぇからな」と言って、バクラは自分の目の下を指す。
鏡があるわけではないので名前自身には分からないが、名前の目の下には傍目にもはっきりと隈が出来ていた。

「そんな隈作るぐらいだったらさっさと寝やがれ」
「…むー…でも…」
「まだ何かあんのかよ」

渋る名前に、バクラがめんどくさそうに先を促す。

「……折角バクラと一緒なんだから、少しでも長くしたいなーって思うのは駄目なこと?」

口を尖らせそういう名前に、バクラは一瞬言葉に詰まった後に今日三度目のため息を洩らした。

「…んなことされて倒れられでもしたら迷惑なんだよ」
「だって、」
「いいから寝ろ。明日は一日居てやるからよ」
「……ん、分かった」

少し考えて、名前はこくりと頷く。
バクラは、その頭をまるで子供にするようにわしわしと撫でた。



(幼子のような儚い願い)(それが無性に愛おしく思えるなんて、オレも大概毒されているようだ)



「…私、子供じゃないんですが」
「別に減るもんじゃねぇんだからいいだろ」
「…うー……、完全に子供扱いされてる気がする…」