「少し話があるんだ」と、深刻な口調で呼び出された名前は一抹の不安を覚えつつも待ち合わせ場所である喫茶店へと急いでいた。
話があるといわれても、いくら考えてみても心当たりは思い浮かばない。
まさか別れ話ではないとは思うものの、それでも嫌な予感はぬぐい切れず、自然と歩く速度が速まった。
喫茶店についてから、ぐるりと店内を見回す。
直ぐに見慣れた褐色の肌を見つけて、名前はその向かいの席に腰掛けた。

「どうしたの、突然」
「うん、ちょっとね」

どこか緊張した面持ちのマリクに、名前の表情もどんどん固くなる。
しばしの沈黙を置いて、マリクはゆっくりと口を開いた。

「あのさ、名前」
「…なに?」
「ボクたち、そろそろ恋人っていうのをやめてもいいと思うんだ」

マリクの言葉に名前は驚き、マリクの顔をまじまじと見つめる。

「冗談でしょ?」
「ボクは本気だよ」

笑い飛ばそうとした名前だったが、マリクはどこまでも真剣な顔をしている。
やがて名前の目に、じわりと涙が溢れた。
突然のことに、マリクが驚いて声をあげる。

「!? ど、どうしたんだい?」
「どうしたって、マリクが、そんな事言うからぁっ……!」
「えっ?」

今にも零れ落ちそうになる涙をごしごしと手でこする名前に、マリクは不思議そうな顔で一瞬考えたものの、やがてその理由を悟ると慌ててそれを否定した。

「違っ、ボクはそういう意味で言ったんじゃなくて!」
「じゃあほかにどういう意味があるっていうの?」
「だから…そのっ、恋人じゃなくて、出来ればボクの家族になってもらえたらなって…」
「か、ぞく?」

キョトンと首を傾げた名前だったが、その意味を理解するにつれてみるみるうちに顔が紅潮していく。

「家族って、それはつまり、その、けっ…結婚しようってこと?」
「ボクはそのつもりだったんだけど」
「あ、あのセリフはちょっと紛らわしいと思わない!?」
「ボクだって恥ずかしかったんだからしょうがないじゃないか!」

言葉の真意を誤解してしまったことも加わり、名前の顔は既に熟れたトマトのように真っ赤になっている。
そして、それが伝染したかのようにマリクも若干顔を赤くしていた。

「でも、良かった。別れ話じゃなくて」
「ボクが名前を嫌いになるわけないだろ」
「…そっか。ありがとう」

間髪入れずにそう言い切ったマリクに、名前の頬が緩む。

「えっと…、それで、……答えを、聞いてもいいかな?」

不安げに聞いてきたマリクに、名前はさっきのお返しとばかりに「勿論、喜んで!」と即答した。



(恋人期間に終わりを告げる)