ノックすらせずにズカズカと部屋に入ってきた瀬人は、ソファに寝転がる私を見るなり声を荒げた。

「貴様ぁ!一体何度電話をしたと思っている!」
「何の話?」
「携帯だ!」

言われて、ようやくテーブルの上の携帯電話の存在を思い出す。
パカリと開けば10数件の不在着信が入っていて、その殆どは瀬人からだった。

「うわっ、なにこの件数」

思ったことをさらりと口にしてから、やってしまったと思う。
案の定、ただでさえ仏頂面な瀬人の顔は更に不機嫌そうなものになっていた。

「それがこのオレに手間をかけさせた奴の言い草か?」
「いや、ごめんね。全然気付かなくてさ。それで何の用?」
「……ここに来た時点で用事は済んだも同然だ」
「へぇ?それはつまり私に会いたかったということ?」
「違う!モクバが、貴様と連絡が取れず心配だというのでオレがわざわざ足を運んでやったんだ。有難く思え」
「あー、はいはい。後でモクバ君に心配してくれて有難うって言っとくわ。瀬人も、わざわざ有難うね」

ムキになってまくしたてる瀬人の言葉を途中で遮るようにして、御礼を言う。
少しだけ溜飲が下がったらしい瀬人は、私が手の中で弄んでいた携帯をひょいと取り上げた。
待ちうけ画面を見て、そこに表示されるマナーモードのアイコンに気付いたのか、あからさまに顔を顰める。
カチカチとなれた動きでボタンを操作し、再び投げ渡された携帯を開くとマナーモードのアイコンは消えていた。

「なんでマナーモード解除するのよ」
「マナーモードにしているから電話が来ても気付かんのだ。
いいか、携帯は常に持ち歩き、いつでも分かるようにしておけ」
「えー、めんどくさい」
「持ち歩けなければ携帯の意味がなかろう!」
「持ち歩いてたってどうせ気付かないんだからどっちにしろ意味ないじゃん」

そう反論すれば、瀬人はこっちを馬鹿にするようにため息をついた。
その態度にカチンときつつも、瀬人の言っていることが尤もだということも分かっている。
ムスッとしながら、本心をぽつりと口に出した。

「…私に限っては、携帯は気付かなくていいんだから」
「?どういう意味だ」

独り言のつもりだったけれど、瀬人には聞こえていたらしい。
聞き返してきた瀬人に、にやりと笑って答えを返した。

「だって、そうすれば瀬人は会いに来てくれるんでしょ?」
「フン。そんな回りくどいことをせずとも、貴様が望むのであれば来てやらんことも無い」

「……だから、あまり心配をかけさせるな」と言った瀬人の表情は珍しく優しげで。
心配という言葉がモクバ君にかかるのか瀬人自身にかかるのかという質問は、ぐっと飲み込んだ。



(不携帯電話)