クラスメイトである海馬瀬人に呼び止められたのは、校門を出て直ぐのことだった。
黒塗りのリムジンの後部座席のドアを開けた海馬は、
「乗れ、苗字」
とだけ言い捨てると混乱している名前を半ば無理やり後部座席に押し込んだ。

「え、ええ?」
「発進しろ」
「はい」

呆然としている名前を乗せて、リムジンは滑るように動き出す。

「か、海馬君?」
「なんだ」
「えっと、…私は一体どこに連れて行かれるんでしょうか」
「オレの家だ」
「…はぁ」

それっきり誰も口を開くことが無く、リムジンの中は沈黙で満たされる。
名前が一向に状況を飲み込めないままリムジンは海馬邸に到着し、
乗ったときと同様に引きずられるようにリムジンから降ろされた名前は、そのまま海馬邸の玄関をくぐった。
名前が通されたのは、名前の家がまるまる入ってしまうんじゃないかと錯覚するほどに大きな部屋。
どこまでも広い室内に一人ぽつんと取り残されて、名前は戸惑った。
どうして自分が海馬邸に連れてこられているのかが全く分からない。
誰かに聞いてみたくとも、とうの元凶である海馬自身は名前を置いてどこかへ行ってしまったし、
部屋に連れてきてくれたメイドさんたちはにこにこと笑うだけで何も答えてはくれなかった。
座ることもなんとなく遠慮してしまって、名前は手持ち無沙汰に立ったまま部屋の中をうろついてみる。

「ふぅん、待たせたな」

そういいながらジュラルミンケースを携えた海馬が現れたのは、数分後のことだった。
着替えてきたらしく、学ランではなくいつもの黒い服だ。
ただ、室内だからなのか、KCの白いコートは着ていないのでどこか新鮮な気もする。
室内に入ってきた海馬は、ぼうっと突っ立っている名前に「さっさと座れ」と言って革張りのソファを指差した。
今までに座ったことが無いほど高級そうなソファに身を沈め、名前は対面に座る海馬を上目で盗み見る。
海馬は無言でジュラルミンケースから、彼の象徴とも言えるデュエルディスクとM&Wのカードを取り出し、名前の視線に気がついたのか顔を上げた。

「どうした」
「あー、…うん。えっと、海馬君」
「?」
「なんで私、海馬君の家に居るんでしょう?」
「なんだと?」

申し訳なさそうに聞くと、海馬の表情は途端に険しくなる。

「貴様、覚えてないのか!?」
「覚えてないって……何の話?」
「このオレにM&Wのルールを教えて欲しいと言っただろう」
「え、っと…………あ!?」

何かに気付いたように名前が声をあげると、海馬は不機嫌そうに「ようやく思い出したか」といった。
言われてみれば、名前は話の流れでM&Wがどういうものかと海馬に聞いたことがあり、
その時に海馬がルールを教えてやると言っていた気もする。
けれどそれは名前が忘れるのも無理が無いほどに随分昔のことであり、むしろ海馬がそれを覚えていたことが名前にとっては驚きだった。
それでも、忙しい海馬が名前のためにわざわざ時間を空けてくれたのに、それを忘れていたことに名前の良心が痛む。

「…ご、ごめん。私から言い出したのに、すっかり忘れてて……」
「不愉快だ」
「本当にごめん!えと、その、…海馬君が良かったら、ルール、教えてもらえないかな……?」

すっかり機嫌を損ねてしまった海馬に、名前はおずおずとそう切り出す。
とても申し訳なさそうな名前の姿を一瞥して、海馬はゆっくりと口を開いた。

「……このオレ直々に教えてもらえることを光栄に思え」
「…っうん!ありがとう、海馬君!」

その言葉に海馬の口元が少しだけ緩んだことには、海馬本人さえ気がつかなかった。



(Une promesse verbale)