あっちへふらふらこっちへふらふら。
覚束ない足取りで歩く平太君の手には、手裏剣がたくさん詰まった箱がある。
まだ一年生の平太君にはそれはすこし重すぎるだろうと思って、手伝いを買って出たのだけれど

「ぼく、大丈夫です」

という、平太君にしてははっきりした口調で断られてしまったら、それ以上言うのはなんだか憚られた。
それでもやっぱり心配で、用具倉庫へ返しに行くという平太君についていく。

「平太君、手裏剣の授業だったんだね」
「はい。でも手裏剣上手く投げられなくて…」
「誰だって最初はそうだよ。私なんて最初はいくら投げても後ろに飛んでっちゃったりしてたもの」
「そうなんですかー?」
「そうだよー。心配しなくてもちゃんと投げれるようになるって!」

しょんぼりしてしまった平太君を元気付けるように殊更明るい声で言うと、平太君は心底安心したように息を吐いた。

「あー、でもやっぱりちゃんと練習はしないとね」
「練習…」
「うん。私でよかったら付き合うよ?」
「本当ですか!?」
「え、う…うん、勿論」

軽い気持ちで言った言葉に予想外に食いつかれて驚いた。
私の方を見上げてくる平太君の顔は、普段どおりどこかどんよりした雰囲気を背負っているけど、いつもよりは明るく見える。
そんなに喜んでくれるなんて先輩冥利に尽きるなぁ、なんて考えている内に用具倉庫についてしまった。
自分であけようとする平太君を「これぐらいさせて」と制して扉を開ければ、どこかじめっとしたかび臭い空気が鼻をついた。

「暗いから足元気をつけてねー」
「はーい」

返って来た素直な返事に満足しつつ、手裏剣の箱を持った平太君の小さな背中を見送る。
そういえば手裏剣って結構高い所に置いてなかったっけ…?と思い当たるのと、ガシャン!という音が聞こえるのはほぼ同時だった。

「だ、大丈夫!?」

慌てて倉庫に入れば、案の定たくさんの手裏剣が床に散らばっていて、平太君がぺたんと座り込んでいた。

「怪我は!?」
「だ、大丈夫、です」
「そっか。良かったぁ…」

どこも怪我してないことを確認して、安堵のため息が漏れる。
「怪我が無くて良かったね」と言うと、平太君はとても申し訳なさそうな顔をした。
きのせいか、どんよりした雲が背景に見える気がする。

「あの、手裏剣ばら撒いちゃって、ごめんなさい」
「んーん、気にしなくていいよ。ちょっと場所が高かったのに気付けなかった私も悪いんだし」
「…」

私は全く気にしてないのに、平太君は暗い顔をしている。
どうしたものかと考えてみたけど、上手なフォローは思いつかなくて、結局黙ったまま手裏剣を拾い集めて棚に戻した。

「それじゃ、また委員会で」
「あの、先輩」

用具倉庫の前で、平太君に手を振って別れようとしたところを呼び止められる。
ようやく口を聞いてくれたことに安心して「なぁに?」と聞き返した。

「ぼく、先輩に頼ってもらえるように、もっと頑張るから、待っててください!」

思いがけない言葉に吃驚したけれど、私をまっすぐに見つめる平太君の真剣な表情がとても嬉しくて、
「うん、楽しみにしてるね」と言うと、平太君は今日一番の明るい笑顔を見せてくれた。



(Andante)