くのたま長屋に忍び込み私物を一つ盗ってきて、教師が確認したらバレないように返す、というのが今日の授業の課題だった。
くじで決まった部屋は運が良いことに委員会でそれなりに交流があるくのたまの部屋で、これならもし見つかってもなんとか見逃してもらえるだろうと少しだけ安堵した。
とはいっても、見つかるようなヘマをするつもりはないのだけれど。

(よし、今はいないな…)

屋根裏から飛び降りて、名前の部屋に侵入する。
床に降り立ってから、ぐるりと中を見渡した。
それほど綺麗に片付いているわけではないけれど、散らかってるわけでもないその部屋の中で、持っていくものを物色する。
確実にくのたまのものだとわかるようなものでなければいけないとなると、おのずと選択肢は限られてきた。

(私は特に変装用の小道具をたくさん持っているから、化粧道具なんかじゃ証明できないし、手っ取り早くくのたまのともでも探そうか)

そう考えて、手始めに近くにあった文机を見た。上には真っ白な表紙の雑記帳のようなものが無造作に置かれている。

「ん…これは、日記…?」

教科書でなくても、日記帳なら私物という証明も簡単だろう。
目立つところにあったものの、名前が帰ってくる前に元に戻せば気づかれることもない。
知り合いの部屋とはいえ、女子の部屋を家捜しするのもなんとなく気が引けるし、手っ取り早くこれにしてしまおうとその雑記帳を掴んだとき、
何の前触れもなくがらりと部屋のふすまが開いた。

「えっ」

くのたまは実習中と聞いていたし、完全に気が抜けていたせいで反応が遅れる。
襖の方を見ると、ぽかんとした顔の名前が立っていた。

「ちょ、え、雷蔵…じゃなくて三郎よね? えっ、人の部屋で何してむぐっ!?」
「あー、説明するからとりあえず大声をださないでくれ」

叫びかけた名前の口を慌てて塞ぐ。状況を飲み込めていない名前が困惑しつつも首を縦に振ったのを確認してから、その手を離した。

「で、用件は何?」

不審そうな表情で私を見つめる名前に、課題を簡単に説明して黙っていてもらうように頼む。
課題内容を聞いた名前は嫌そうな表情はしていたものの、それなら仕方ないかと言って了承してくれた。
確かに勝手に部屋に入られているのは嫌だろうが、私の予想ではくのたまでも同じような課題をしたことはあるだろうし、お互い様というものだ。
部屋主の許可も得たところで、「じゃあこれを借りてくから」といって私が持っていた雑記帳を見せた途端、名前の顔が一気に青ざめた。

「あー!それ、だめ!」

雑記帳を取ろうとのばされた腕を、反射的に避けてしまう。
ただの日記かと思ったのだけれど、名前の尋常ではない焦り方に好奇心と悪戯心が同時に沸いてきた。
名前の手には届かない高さに手を上げて、そのまま表紙をめくろうとする。

「だから、見ちゃ、だめだって!」
「そう言われると余計見たくなるんだよなー」

懸命に取り返そうともがく名前を軽くあしらいつつ、一体何が書いてあるのかとわくわくしながらそれを開いた。

「え」
「あぁもう!馬鹿!」

そこに書かれていた予想外のものに、思わずぽとりとそれを取り落とす。
私の目に飛び込んできたのは、私たちが持っている春画本なんかよりよほど生々しい男女の絵だった。

「まさか…春画本?」
「違う!」

否定されるだろうとは思いながらも問いかけると、顔を真っ赤にして名前は否定する。
そして、絶対に内緒だからね!と念を押してから口を開いた。

「これ、色の授業の教科書。他人に、特に忍たまにはぜったい見られちゃいけないって注意されてるの」
「へぇ、そんなのあるんだ。どんなこと書いてあんの?」
「知識とか、まぁその…いろんなやりかたとか、って!なに言わせんのよこの変態!」

私に向けて投げられた苦無をひょいと避ける。
壁に突き立った苦無を見て小さくしたうちをしたあと、名前は不機嫌そうに「よりによってこれ見られるなんて…最悪」と呟いた。

「見られたくないものはちゃんと隠しとけって。表に堂々とおいてたら見てくださいって言ってるようなものだろ」
「私、色の授業の点数良くないから予習してたの!もー、この話そろそろやめない?授業中じゃなかったの?」

名前の言葉で、今自分が課題をしていたことを思い出す。
名前をからかうのも楽しいが、そろそろ戻らないと怪しまれるかもしれない。

「じゃあなんかいらないもの貸りてくぞ」
「はいこれ。記名済みの筆記用具」

渡された筆を懐にしまって、屋根裏へと飛び上がる。
最後にあと一回だけ名前をからかっていこうと思って、私は板を外した天井から頭だけを覗かせ声をかけた。

「名前」
「何よ、三郎」
「私で良かったらいつでも練習に付き合うけど?」
「は?」

何のことだか分からない、とでも言いたげな名前に苦笑する。こんなに鈍くてくのいちなんて本当にやっていけるんだろうか。

「だから、色の勉強」
「っ…! このっ、馬鹿!!」

言ってから、すぐに顔を引っ込める。数瞬前まで私の顔があった場所を、手裏剣が通り過ぎた。
「三郎のあほ!最低!」と騒ぐ声を後ろに聞きながら、このネタで暫く遊べるかと思って、私は一人ほくそ笑んだ。


(そうして悪魔は一人笑う)