「遅い」

息を切らして待ち合わせ場所に現れた僕の顔を見るなり、彼女は開口一番にそういった。
眉間に刻まれた深い皺が彼女の不機嫌さを物語っている。

「私との待ち合わせに20分も遅れるって一体どういう事?」「ご、ごめんね」
「ごめんで済んだら警察はいらない」
「…本当にごめん……」
「ふんっ」

とりあえず謝ってみたものの、彼女の機嫌が直る気配は全く無い。

「なんで遅れたのか理由を言って。くだらないことだったら怒るからね」
「家を出たのは早かったんだけど、駅前で知らない人に「3分でいいのであなたの幸せを祈らせてください!」って詰め寄られちゃって」
「はぁ!?」
「気付いたら15分くらいたってて、それでこんな時間に…」

素直に本当のことを言うと、彼女は呆れた、とでも言いたげに深いため息を吐いた。

「……それぐらい断りなさいよ…」
「いや、あそこまで必死に言われたら断りきれないっていうか」
「………はぁ…馬鹿らしい。…………心配して損した」
「心配?」

彼女が最後にぼそりと付け加えた言葉に驚いて聞き返すと、彼女は途端に慌てだす。

「いや、心配っていうか、ほら、なんか携帯繋がらないし、何分待っても来ないし、
あんたのことだからまたなんか不運が起きて事故にでも巻き込まれてんじゃないかってちょっと思っただけで!
べっ、別に心配してたわけじゃないし!」
あわあわと身振り手振りを付け加えながらそう力説されても、真っ赤な顔では説得力はかけらも無い。
そんなことは彼女自身も気付いているようで、最初は勢いのあった声もどんどん尻すぼみになっていく。

「だからっ、そのっ……ちょっと不安だっただけで……」

口の中だけでもごもごと続けられた言葉は、それでも僕の耳に確かに届いてきて。
思わずこぼれた笑みを見た彼女は、耳まで赤くして「何笑ってんの!」と突っかかってきた。

「笑ってないよ」
「嘘吐くな!顔がにやけてんのよ気持ち悪い!」
「…気持ち悪いって……ちょっと僕傷つくんだけど」
「五月蝿い!いいからさっさと行くわよ!」

そう言って僕を置いて歩き出した彼女を慌てて追いかけて、空いている左手と僕の右手をつなぐ。
彼女はむすっとした顔で僕のほうを睨んできたけれど、その手が振り払われることは無かった。



(行為に現れる好意)