何度インターホンを押しても部屋の中からは物音一つしなかった。
まさかまだ帰っていないわけは無いだろうから、寝ているか何かだろう。
預かっていた合鍵でひっそりと静まり変えった家の中に入る。
家の中は薄暗かったが勝手知ったる他人の家とはよく言ったもので、
この家の中ならば目を瞑っていても目的の部屋につく自信はあった。
そこここに脱ぎ散らかされた制服を拾い集めながら、目当ての部屋の扉をノックする。

「入るぞ」

返事は返ってこなかったが、文次郎は別段気にすることも無く中にはいると、
持っていた制服を適当に部屋の隅に投げて、ベットの上でうつぶせに寝ている名前をゆさぶった。

「おい、起きろ」
「ん……」
「起きろって」
「ぅー………?」

うめき声だか唸り声だかよく分からない声をあげて、緩慢な動作で名前は顔を上げた。
焦点の合っていない目線が、ふらふらと辺りをさまよっていたものの、文次郎を見つけて止まる。

「…ぁー…文次郎君だ…」
「気分はどうだ?」
「…何が…?」

寝起きで頭が働いてないのか、名前は首をかしげて曖昧に笑った。
その顔色は心なしか悪いように見えて、文次郎は名前に聞こえないように舌打ちをする。

「熱は? 測ったのか?」
「…んー……熱……帰ったときは…8度、2分ぐらい…」
「また測っとけ」

近くに転がっていた体温計を投げ渡し、近くのコンビニで買ってきた冷えピタの箱をあける。

「文次郎君、学校は?」
「今日はもう終わった」
「大学って便利だねぇ」

のんびりした口調の名前から差し出された体温計に表示された数字は37度7分で、
少しだけ熱が下がっていることに安心して冷えピタを名前の額に貼り付けた。
心地よい冷たさに気持ち良さそうに目を細めた名前は文次郎に促されるままに布団にもぐりこむ。

「なんか欲しいもんはあるか?」
「ん、無い」
「そうか」

部屋が再び静まり返る。

「おばさん、もう少ししたら帰ってくるらしいぞ」
「うん」
「そしたら俺は帰るけど、ちゃんと病院連れてってもらえ」
「……ん」

病院、という単語に嫌そうな顔をしながらも名前はこくりと頷いた。

「文次郎君」
「どうした?」
「…なんか、ごめんね、迷惑かけて……」
「これぐらい迷惑に入らねぇよ」
「……でも、」
「いいから、寝とけ」

なおも言い募ろうとする名前を手で制して、文次郎はベッドの横に座り込む。
申し訳無い、という表情を崩さない名前を安心させるためにも布団から出ていた手を握った。

「熱が出てるから弱気になってんだ。お前はさっさと治すことだけ考えてろ」
「……うん…、ありがと」

ふわりと笑った名前は、ほどなくしてすうすうという寝息を立て始める。
その穏やかな表情に安堵しつつ、早く良くなれば良いという思いもこめて繋がれたままの手に少しだけ力をこめた。



(コバルトブルーの恋情)