テーブルを挟んで向かい合う私とクダリさん。
そしてその間には、おそらくクダリさんが持ち込んだと思われるガスコンロと、それにかけられている小さめの鍋。深めの皿とスプーンが1つずつ。
一体なんなんだろう、この状況。

「ね、名前、シチュー好き?」
「はぁ…まあ、そうですね」

実際のところ、特にシチューが大好き!大好物!!というわけでもないのだが、クダリさんの自信に満ち溢れた、輝くような笑顔に押され曖昧に頷いてしまう。
別に嫌いなものを好きだと積極的に嘘をついているわけではない。
それでも、「やっぱり!僕ってリサーチ上手でしょ!!」と誇らしげに胸を張るクダリさんを見ていると騙してしまったような気がして少々良心が痛む。
私がそんな心の痛みに苛まれているとはつゆ知らず、クダリさんはいそいそと火にかけてあった鍋を下すとそこからシチューを一皿分よそった。

「さ、食べて食べて!」

勧められるままに、一口。

「…っ!?」

飛び出しそうなうめき声を、どうにか押し止めることできたのは、我ながらにファインプレーだったと思う。
けれど、「どう?美味しい?」という問いに、咄嗟に答えられるほどのキャパシティは残念ながら存在しなかった。
お世辞にも、美味しいとは言えない。いやむしろ不味い。すごく不味い。
大事なことなので何度でも言おう。この世のものとは思えない程度には不味い。
しかしその感想をありのままに伝えれば、きっとクダリさんは落ち込んでしまうだろうということは容易に想像がつく。
既に一度嘘を吐いた身という負い目もあるし、なによりそんなことをすればイッシュ全土のクダリさんファンから殺されかねない。
わずか数秒の間でそこまで考えて、私は目の前のクダリさんのそれとは似ても似つかないほどぎこちない笑顔を浮かべた。

「……美味しい、です」
「ほんと?やったあ!」

まるでポケモンバトルに勝ったかのような勢いでクダリさんは喜んで、「おかわりもあるから、どんどん食べて!」と、ぐいぐい皿を押し付けてくる。
さらりと発されたおかわりの単語に、背中を冷たい汗が落ちていくのを感じた。
できることなら、今現在皿に盛りつけてある分も含め謹んで遠慮をしたいぐらいだというのに、その上でおかわりだなんて有難迷惑にも程がある。
しかし当然ながらそんなこと口が裂けても言えるはずがなく、口には出さないものの早く食べてと急かすクダリさんのオーラに流され、覚悟を決めて再び一口。

「……」

今回は構えていたおかげで、初回ほどの衝撃はなかったものの、それでもやはり想像を絶する不味さに食堂が拒否反応を起こして中々飲み込めない。
口いっぱいに広がる、謎の生臭さと酸味。生煮えなのではと疑う硬さの野菜たちと、それとは逆に火を入れすぎているせいかやたら固く筋張った肉。
ありとあらゆる面において、これを自信満々に他人に供すことのできるクダリさんの味覚レベルを心配してしまうほどの酷さだ。
用意されていた水でどうにかこうにか飲み下しながら、じわりじわりとシチューを減らしていく。
途中で数えることを放棄したせいで、何口目かわからないそれをごくん、と飲み込んで、私はクダリさんを見た。

「クダリさん、これ、何か特別なものとか入ってます?」
「なんで?」
「いや、なんかこう…初めて食べる感じの味がするので」

本音をオブラートに包みつつそう問えば、「うん!」と素直な返事が返ってきた。
やっぱりか、と納得半分、余計なことを、と恨み半分。しかしまあ、原因がわかってしまえばこの味にも耐えられるかもしれない。

「一体何を入れたんですか?」
「えへへ、愛情!」
「いや、そういう冗談はいらないので」

間髪いれずにツッコむ、と、クダリさんは不満げに頬を膨らませた。
「名前、ノリ悪い」とこぼすクダリさんには申し訳ないが、今の私にそんな冗談に乗れる余裕はない。

「で、何を入れたんですか」
「んー…ヒミツ!言ったら隠し味じゃない」

それもそうではあるけれど、実際に食べている私の立場からすればたまったもんじゃない。
けれど頑なに見えるクダリさんの表情に、これ以上は聞き出すのも難しそうで、私は早々に諦めると次の策を練ることにした。
なにか、打開策はないか。クダリさんに気づかれないように辺りをひっそりと見まわして、私の前に座るクダリさんの席には何も置いていないことに気づき、私は声を上げた。

「私一人だけ食べてるのもなんですし、クダリさんも一緒に食べませんか?」

少しでも食べる量を減らし、且つこの辛さを思い知ってもらおうとした提案も、「ううん、これ、、名前に喜んでもらいたくて作ったから。全部名前に食べてほしい」と満面の笑みで返されあえなく失敗に終わる。
やはり一人で消費するしかないのか、と半ば絶望しかけたその時、ふとクダリさんと目が合った。
にっこり、と笑顔なのはいつものことだけれど、今日はいつにもまして上機嫌のように見える。放っておけば鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。

「クダリさん、なんだか楽しそうですね」
「わかる?ぼく、今、すっごくいい気分!」

人にこんなゲテモノシチューを食べさせておいてこの言い草。
恨めしげになった私の視線を浴びてなお、クダリさんはにこにこと笑っている。

「ねえ、名前。隠し味、何か知りたい?」
「さっき秘密だって言ってたじゃないですか」
「うん。でも名前がおいしそうに食べてくれるから、教えてあげたくなった」
「じゃあ、教えてください」

何をどうすればこんな代物が出来上がるのかについては純粋に興味もあって、続きを促すと、予想に反してクダリさんは首を横に振った。

「タダじゃだめ!名前がこれ、全部食べたら教えてあげる!」

そういって、制止する暇もなく、クダリさんは鍋に残ったシチューを食べかけの私の皿に盛った。
振り出しに戻った容積に、今度こそ止めることのできなかったうめき声が漏れる。
完全に、嫌がる態度を取ってしまったにも関わらず、クダリさんはそんな私を見て、それはそれは嬉しそうににんまりと笑う。

「だから、全部、残さないでね?」

その笑顔の奥の瞳に、尋常ではない熱を見たような気がした。



(愛情詰まった料理をどうぞ)